お酒での失敗談⑤【急性アルコール中毒で死にかけたお話】


今回のお話

今回はお酒の失敗談第五弾を紹介します。これまで、数々お酒で失敗してきているのですが、唯一、死んでいたかもしれないお話です。急性アルコール中毒は怖いです。特に若い方には気をつけてほしいです。

これまでお酒の失敗談はちゃらけた感じで書いてきましたが、今回、初めて真面目に書いてみました。

第一弾、第二弾、第三弾、第四弾はこちらで紹介してます。

お酒での失敗談①【斬新すぎた足元】
お酒での失敗談を紹介します。1回目は、電車寝過ごして、なぜか靴がなくなってたお話です。お酒でいっぱい失敗してきております。。。
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今回のお話 今回はお酒の失敗談第三弾を紹介します。第一弾、第二弾よりはダメージ少ないのですが、凄く悔しかったです。 第一弾、第二弾、第四...
お酒での失敗談④【健康診断前日に飲酒。その結果・・・】
健康診断前日に飲酒をしてしまい、二日酔いの状態で健康診断へ。そして、採血の結果悲惨なことに。。。もう、二度と健康診断前日に飲まないと心に誓いました。。。

たこ焼き屋でのアルバイト

二十歳のころ、半年くらいの期間、大阪ミナミ(難波)のたこ焼き屋でアルバイトをしていた。時間は23時~朝5時の時間帯。

たこ焼き屋なのになぜ朝5時までやっているかというと、いろいろなお店から出前注文がくるからで、深夜の時間帯はほぼ出前対応となる。僕の仕事は主に注文を受けたお店へたこ焼きを運ぶことだった。

お店は三ツ寺みってら筋という通りにあった。

簡単に場所を説明すると、南北方向に難波、心斎橋を通る有名な御堂筋(梅田までつながる)があって、その東側に御堂筋と並行して堺筋がある。

この堺筋と御堂筋をつなぐ通りが何本もあり、大きな通りでいうと南から北方向へ、道頓堀、川を挟んで宗右衛門町そえもんちょう、そして宗右衛門町の一本北の通りが三ツ寺筋になって、八幡筋、ヨーロッパ通りと呼ばれる周防町すおうまち通と続いていく。

言うまでもないが、このあたりは大阪でも1,2を争う繁華街なので、いろいろお店がひしめいている。なので、深夜になっても出前は忙しかった。

注文があるお店は、いわゆる普通の居酒屋でなく、バー、スナック、キャバクラ、ホストクラブなど。

出前を終えて店に帰って、また次の注文、それを終えてもまた次の注文と、けっこうひっきりなしに注文がきていたので、当時はたこ焼きを持ってこの界隈をよく歩いたものだ。

ようやく落ち着いてくるのが、朝の3時くらい。このくらいの時間帯に、店長と仲が良いスナックのママさんや、ホストクラブのお兄ちゃんたちがよく店に飲みに来ていた。(お店には小さなカウンターがあって、5~6人が入れる)

12月だったが、この日は12月にしてはそれほど忙しくなかった。

この日、店長がよく行くスナックのママが来ていて、店を閉めてからママのお店で飲もうということになり、いつもより早く店を閉めてママのお店へ向かった。

たこ焼き屋のメンバーは店長、僕、そして、同い年のアルバイトKくんを合わせた3人。そして、ここでかつてない飲み方をしてしまう。

飲み方を知らなかった自分

ママが閉めていたお店を開け中へ入る。それに続く僕たち。

閉店後のスナックに入るのは初めてで、それだけで、どこか大人になったような気がこの時はした。それも飲み過ぎてしまった要因かもしれない。

店長がウイスキーのボトルを入れていたので、まずはみんなでそれを飲む。僕は二十歳にしては飲める方だったと思う。少なくても、大学の仲間内ではかなり強い方だった。Kくんはそんなに飲めなかったので、最初のボトルを店長とママ、そして僕で空けた。

「さかもとくんって、お酒つよいな」

ママにそう言われ、嬉しかった。ミナミでスナックやっているママに「お酒がつよい」と言われ、大人として認められたような、そんな気がした。

(もっと飲んで、もっと言われたい)

そう思った。今思えば、本当に若かったと思う。

「店長!まだ飲めます!」

「そうか。ほな、もう1本ボトル入れるか」

そして、2本目のボトルを飲み始める。

「店長、僕、ロックでいいです」

それまで水割りで飲んでいたが、ロックで飲み始めた。凄いペースで。

「ほんまによう飲めるなー」

ママにそう言われ、途中からストレートで飲んだ。もっと言ってほしかった。

「さかもと、大丈夫か?」

Kくんが心配してくれるが、とまらない。

「ぜんぜん大丈夫や」

調子に乗ってウイスキーをストレートで、水のように飲み続ける。そして、そのまま凄いペースで、ほぼ1人で2本目のボトルを空けた。そして、3本目を飲み始めたが、3本目の途中あたりから記憶がない。

一番飲んでいたのは僕だったが、3人で飲んでいたので実際に飲んだ量はボトル1本くらいだろう。今なら、ウイスキーのボトルを1本空けたくらいではなんともない。(もちろん、次の日は二日酔いだが)

いや、当時も大丈夫だったはずだ。ウイスキー1本くらいでやられてしまうような肝臓ではなかったと思う。しかも、そこそこ高いバーボンだったはずなのでなおさらだ。

安酒でなく良いお酒。普通に飲んでれば悪い酔い方をするはずがないのだが、飲み方が問題だ。ウイスキーをストレートで続けた。

「ほんまに強いなー」

そう言われる度に、ストレートで、凄いペースで、水のように飲む。

こんな飲み方したら、当時よりお酒に免疫がある今でも体がおかしくなるかもしれない。ウイスキーをラッパ飲みでごくごく1本いったのと大してかわらない。

そんな感じで飲んだので、若干二十歳の僕の体は、完全にダメになった。

薄れゆく意識の中で、タクシーに乗せられたのをうっすらと覚えている。そしてこれが最期の記憶となる。

ブラックアウト中の出来事

ここからは覚えていない。次に記憶が戻ったときは病院のベッドだった。だからここから記憶が戻るまでは両親から聞いた話です。

ドアが乱暴に空き、フラフラになって僕が帰ってくる。そしてそのままリビングに倒れ込む僕。

(どうせいつもの飲み過ぎだろう)

と朝ごはんの支度をしていた母は大して気にとめなかったそうです。朝まで飲んで帰るというのはしばしばあったので、それはそうかもしれません。ただ、いつもなら「ただいま」とか「おはよう」とか言うのに、今日は何も言わないな。とは思ったらしいです。

しばらくして、近所のおばさんが僕の財布とかを家に届けてくれます。

「玄関の周りに、財布とか落ちてたで」

とのこと。どうやら家に入る際に激しくこけていろんなものを落としたみたいです。それを受け取った母が僕を起こそうとしたけど、何をしても起きない。いつもと違うと感じた母が父を起こして、父が僕を思いっきり平手で殴ったりしたそうなのですが、それでも反応しない僕。

おかしいと思って体を必死にゆすったりしたとき、僕が突然仰向けのまま吐いたそうです。仰向けで吐いたので、吐いたものが喉に詰まります。父は僕を横にして、口に手を突っ込んで中のものを全部かきだしてくれたそうです。

このとき、不思議なことに僕からお酒の匂いがぜんぜんしなかったそうで、父は僕が変な薬とかやっていると思って、注射針の痕などないか見たそうです。もちろん、そんなことはしてません。

僕が吐き続けたので、救急車を呼ぶ両親。救急車に乗せられる僕。そして病院へ向かったそうです。


急性アルコール中毒

目が覚めると、ベッドの上だった。ひどい頭痛がした。

立ち上がろうとしたとき、手に違和感があったので見ると点滴をされていた。

ポタ、、、ポタ、、、

規則正しく落ちる水滴を見て、病院にいることがわかった。

(なぜ。。。)

思い出せない。バイト終わってスナックで飲んで、そっから。。。

部屋にあった時計を見ると、夕方になろうとしていた。

(あ、バイトいかないと、今日もバイトや)

そう思ったとき、誰かが近づいてきた。現れたのは父親だった。作業服だったので、仕事の合間に来てくれたらしい。

「オレ、どうなったん?」

「急性アルコール中毒で運ばれたんや」

思い出せない。

「あと、店長から電話かかってきたから、全部いうといた。心配してたわ」

(飲んでから、どうなったんだろう)

「オレ、どうやって帰ったん。チャリとか、、、まったくわからへん」

実家からバイト先まで自転車で20分なので、自転車で通っていた。

「タクシーや。降りるところまでは店長が一緒やったみたいや」

(そうか。スナックで酩酊状態になって、タクシーで帰ったのか)

それから、先に書いた自分の記憶がなかったときの話を父親から聞いた。

「お前、死んでたかもしれんぞ」

確かにその通りだ。

もし、あのままスナックで寝かされていたら。。。

もし、一人暮らしでだれもいなかったら。。。

吐いたものを喉に詰まらせて死んでいたかもしれない。運がよかっただけだ。そう思うと怖くなった。

「ほんまにごめん」

そう言ってベッドから体を起こそうとしたが、今まで経験したことがないくらい体が重く、起き上がると吐きそうになり、頭痛もひどかった。

「めっちゃひどい二日酔いやわ」

「お前な、救急車で運ばれて、処置してもらって、点滴してもらってるからその程度で済んでんねんぞ。もし、何もせんとそのままやったらどうなってたかわからんぞ」

その通りだ。

「ごめん」

さすがに怒られると思った。「もう酒は飲むな」と言われてもしかたない。死んでたかもしれないし、いろんな人に迷惑をかけたのだ。しかし、

「今度のことでええ勉強になったやろ。お前な、酒の飲み方考えなあかんぞ。もう無茶な飲み方はするな」

そう言ってくれた。そして、

「お前、むちゃくちゃ酒臭いな!家で倒れてたときまったく酒の匂いせんかったから、変なことやってへんか心配やったけど、酒臭くて安心したわ」

そう言って笑う父親。

このときは涙が出そうになった。

「わかった。ごめん」

「おんなじこと2回せーへんかったらええんや」

この言葉は今でも忘れない。

これ以降、一気飲みとか無茶な飲み方はしなくなった。

それからは、急性アルコール中毒で若い命が亡くなったという悲しいニュースを聞くたびに、胸が締め付けられるような、何とも言えない気持ちになり、自分は運がよかっただけだと思うようになった。

急性アルコール中毒は、特に若い人に多い。

これは今回紹介したように、若さゆえ調子に乗ってしまって飲みすぎたり、周りの空気を壊したくないみたいな理由で飲んでしまうことが多いからだと思う。

また、若者はまだ自分が処理できるお酒の量を把握できていない人が多い気もする。これも一因としてあると思う。

急性アルコール中毒で死にかけ、おっさんになって思う。

若いからこそ注意してほしい。確かに、若者が集まって飲むと、「一気で飲め」とか、そういう空気になることもあると思う。でも、少しでも、

(自分の処理できる範囲を超えてしまうかもしれない)

と思ったら、そんな飲み方、絶対にしてはいけない。

周りの空気なんか悪くなったっていい。僕のように運が良い場合はそれを経験にすることができるけど、最悪の場合、セカンドチャンスはもうないのだから。

おわりに

今回は、お酒の話を真面目に書いてみました。

僕は、若い頃からお酒は強い方でした。でも、無茶な飲み方をして急性アルコール中毒になりました。きっと急性アルコール中毒になるのに、お酒が強い、弱いは関係ないと思います。

無茶な飲み方をすれば、誰だってなる。

急性アルコール中毒、特に若い方に気をつけていただきたいです。以下、東京消防庁が発表しているデータです。

出典:東京消防庁

東京消防庁管轄内のみのデータですが、これだけ見てもいかに20代が多いかがわかります。また、月別で見ると、やはり忘年会など飲む機会が増える12月が多いです。

えらそうに言うてる僕ですが、40歳目前にしてもまだ、飲んで電車で寝てそのまま遠いところまで行ってしまったり、ひどい二日酔いになることもあります。

でも、急性アルコール中毒になったのはこの記事で紹介した一度だけ。死にかけたのもこの一度だけです。

「あれ?この駅どこや?」

とか、

「あー、頭いたいー。昨日飲みすぎたー。二日酔いで1日つぶれそうやー」

とか、

財布なくした。

とか。

それくらい、全然いいと思うんです。(よくないって言われますが。。。)

でも、死ななければ、いいと思うんです。経験にすることができるから。経験して、次から気をつけることができるから。

また、自分の意志ではなく、職場などで無理やり飲まされる場合があるかもしれません。

「オレの酒が飲まれへんのか」

とか、

「先輩の言うことは絶対や」

とか。

断っているのに無理やり飲まされ、周りも止めようとしない。

もし職場がそんな環境だったら、個人的にはすぐにやめるべきだと思います。

そういう組織に魅力なんてあるはずがないと思うのです。極論かもしれないですが、そういう組織が社会に貢献できるとは、とても思えないのです。

できればもう二度と、

「急性アルコール中毒で亡くなった」

という悲しすぎるニュースは見たくないです。

12月になると、自分が倒れたこの話を思い出すので書いてみました。

今回も最後まで読んで下さりありがとうございました。 

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