徒然しらふ日記54〜飲んでない日は日記でも書こう〜

飲まない日にできるだけ日記を書く、徒然しらふ日記。

子供ってのは、容赦ないですね。。。

前のお話↓

飲まない日にできるだけ日記を書く、徒然しらふ日記。 朝ジム始めました。 前のお話↓ 徒然しらふ日記53 お盆が明けて仕事が始まっ...

徒然しらふ日記54

在宅勤務が増え、同じマンションに住む子供達のやりとりをよく聞くようになった。

夕方に仕事を終えて近所のスーパーなどへ行く際、子供達がマンションの周りでセミをとったりして遊んでいるのだ。お互いにとったセミを見せ合い自慢しあっているのを見て微笑ましい気持ちになっていたのだが、そんな中、1人の子供が、

「俺、死にかけのセミ拾ってん」

と言いながらとったセミを友達に見せていた。見せられた子供が、

「ほんまや。死にかけてる」

と返している。

どうやら子供は瀕死のセミを拾ったようだ。さらに子供のやりとりは続く。

「それ、どこで拾ったん?」

「あそこ、意味のない商店街のとこ」

「あんなとこセミおんの?」

「意味のない商店街の横の駐車場のとこで死にかけててん」

「あんなとこで死ぬの可哀想やもんな」

「そやろ。そやからちゃんとした木に戻したろうと思って」

優しい子である。しかし、その子がいう『意味のない商店街』にひっかかった。おそらく近所の商店街だ。もちろん、その商店街には意味がある。多くの人がお店などを営み、生計を立てている。月に一回は催し物もある。ではなぜ、『意味のない』と表現するのだろう。

おそらく、理由はこれである。

商店街にアーケードのない部分があるのだ。この部分だけを見ればボロボロに見え、もちろん、雨は凌げない。この横に駐車場もあるので、おそらくこの理由で間違いないだろう。

言いたいことはなんとなくわかる。しかし、このアーケードのない部分の下でお店をやられている方もいるのだ。なので、なんというか、子供の『意味のない』という言葉が、容赦なく、かつ、残酷に聞こえた。

僕が将来何かの間違いで大金を稼ぐようなことがあれば、この商店街のアーケードを修復しようと思う。

※次の記事はこちらです

飲まない日にできるだけ日記を書く、徒然しらふ日記。 やっぱり高校野球はいいですね。 前のお話↓ 徒然しらふ日記55 今年の高校野...
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