小説投稿サイトの応募用に短編小説を書いてみましたので紹介します。少しだけ実話です笑
プロローグ
皆様の人生におてい『忘れることのできない人』はいるだろうか。
もう二度と会うことはないかもしれない。けれど、あの人のことを生涯忘れることはできない。そんな人である。もしいるとすれば、それはどんな人だろうか。同性であっても、異性であっても、少なからず自分の人生に影響を与えた人物を、人は覚えているのではないかと思う。
オレには、忘れられない女性がいる。
おそらく今後の人生において、この女性から受けた衝撃以上の衝撃を受けることはないだろう。
その女性と人生において共有した時間は、ほんの2時間程度だ。しかし、その女性をオレは生涯忘れることはない。
なぜ、オレがその女性を忘れることができなくなったのか。今回はその出来事について紹介させていただこうと思う。
では、オレが忘れることのできない女性、『5分の女』のお話に、ほんの少しお付き合い願いたい。
あと5分の女
思ったより打ち合わせが長引き、会社を出るのが予定より30分遅れた。今日は友達に頼まれセッティングした合コンの日で、オレは幹事という位置付けだった。仲の良い女友達であるゆうこちゃんから、
「友達の先輩がね、彼氏欲しがってるらしくて合コンのセッティング頼まれたの。藤沢くんの周りに誰か良い人いないかな?こっちは私の友達と、その先輩と、私の3人になるんだけど」
と連絡があり、こちらはオレの勤める会社の先輩と後輩を連れて行くことにした。2人とも面白いので、こういう場にはうってつけのメンバーだと思う。
ゆうこちゃんは女性メンバーである友達の先輩に会ったことはないらしいのだが、少し問題のある人らしかった。若い頃は綺麗でモテたらしいのだが、若くなくなった今でもモテていた頃のままの感覚で男性に接するらしく、そのギャップがあまりにも酷いそうだ。そして、そういった態度が男性に引かれる傾向にあり、なかなか彼氏ができずに紹介してはダメという結果を繰り返しているそうだ。その話を聞いて少し不安になったが、大丈夫だろうとたかをくくっていた。しかし、後に自分の認識が甘かったことを、痛いほど思い知ることになる。
予定より30分遅れて、お店に着いた。当たり障りのない洋風居酒屋だ。先に始めるようにお願いしていたので、もう盛り上がっている頃かもしれない。
「すみません!遅れました、仕事が長引いてしまって」
「あ、藤沢くん。待ってたよー。仕事なら仕方ないよねー。今みんなの自己紹介が終わって、盛り上がり始めたところ」
そう説明してくれたのは今回の話を持ってきてくれたゆうこちゃんだ。
「藤沢、お疲れ!打ち合わせ長引いたみたいだな。けど、まだ飲み始めたばっかりだし、すぐに追いつけるぞ」
そう言ってくれたのが、先輩の田島さん。仕事でもプライベートでも仲良くさせてもらっている、頼り甲斐のある先輩だ。
「藤沢さん、チャーッス!」
とチャラそうに生ビールのジョッキを持ち上げたのが後輩の山崎。見た目はチャラいが、仕事はしっかりとする男で、会社では信頼されている。
「みなさん、遅れてすみません。えーっと、みなさんの自己紹介終わったようなので、僕、紹介させてください。田島さんと山崎と同じ会社で働いている藤沢っていいます。歳は30歳で、ゆうこちゃんとは学生の頃にバイトが同じで、それからずっと仲良くさせてもらってます。よろしくお願いします」
「よろしくお願いしまーす」
と言ってくれたのはゆうこちゃんの友達だろう。年齢もオレやゆうこちゃんと同じ30歳くらいか。もう1人、明らかに年配に見える女性がおそらく問題ありの先輩だ。パッと見た感じ、詳細年齢はわからないが40歳くらいか。今日来ている先輩の田島さんが40歳なので、同じくらいだろうか。昔綺麗だったと言われればそう思えなくもないが、現時点での彼女の第一印象は、とても周囲を惹きつけるそれではなかった。というより、どちらかと言えば『オバさん』という印象の方がしっくりくる。なるほど、もしこの感じで『男はみんな私に夢中になるのよ』みたいなお考えをお持ちなら、確かに痛い。そして早速、オレの挨拶に対しては無視のようだ。
『私が来ているのに遅刻とはどういうこと?』
そんなところだろうか。早くも痛さの片鱗が垣間見える。これは、心してかかる必要があるかもしれない。
「わたし、ミキっていいます!ゆうことは学生時代からの友達でずっと仲良しです。よろしくお願いします」
とゆうこちゃんの友達が言ってくれた。感じの良さそうな子である。
「ミキちゃんですね。よろしくお願いします。そして、えーっと…」
オレは、自称昔はモテていたという問題女性を見る。しかし、その女性はこちらを見もしない。
「あのー…」
もう一度言いかけた時である。
「さっき紹介したから、そちらの男性陣から私の情報聞いてもらえる?」
こちらを見ないまま、吐き捨てるように言う。これは、想像以上かもしれない。
『なぜ、あなた達のような下級生物に私が2度も名を名乗らなければいけないの。冗談じゃないわ』
実際に口にした訳ではないが、その女性の体全体がそう言っていた。この段階で早くもオレのセンサーは、この女と関わらない方がいい!と告げていた。
「あ、そうですよね。一回言ってもらってますもんね。すみません。えと、じゃあ…」
田島さんと山崎を交互に見た。しかし、2人とも申し訳なさそうにこちらを見るだけで、言葉を発する気配がない。その瞬間、オレは悟った。
この人達は、名前をはじめ、問題女性に関する情報を何一つ覚えていない。と。
2人ともはっきりした性格で興味のないものに対してはとことん興味がない。そして、2人とも自称昔はモテていたという問題女性に対し、興味を持つはずがなかった。そしておそらく、オレがその場にいたとしても同じように忘れているだろう。
場の空気を察して、ミキちゃんがその女性の名前を紹介しようとすると、物凄い形相でその女がミキちゃんを睨んだ。
『この男どもに言わせなさい。もし、この私の名前を忘れているようなことがあったら、そんなこと許されるはずがないでしょう。あなたは、何一つ話してはいけません』
その目はミキちゃんにそう言っていた。ミキちゃんもそれを察して固まってしまった。
これでは、埒が明かない。
そう思ったオレは、もう一度トライしてみた。
「あのー、綺麗な女性であっても名前とか忘れてしまうこともあるかもしれませんので、遅れてきてほんとに申し訳ないのですが、僕のために、その、もう一度というわけには…」
話している途中なのに凄い目で睨んでくるので言葉を切るしかない。お会いしたことは無いが、ギリシア神話に出てくるメデューサはきっとこんな感じではないかと思った。いや、ひょっとするとメデューサさんの方が優しい目をしているかもしれない。
場に、重たい空気が流れる。
「私、急用ができそうだから、あと5分で帰るかもしれない」
どれくらい時間が経っただろうか、その沈黙の中、問題女性が言った。
「え?そうだったんですか。今日、何か用事が…」
ミキちゃんが聞こうとすると、ミキちゃんの言葉を遮り、問題女性が話す。
「いや、用事なかったんだけどさ、できるかもしれない。あと、5分くらいでわかるかなー」
そう言ったあとに、なんと、その女は携帯についている機能で、5分タイマーを起動した。
「それ、タイマーですか?」
女はミキちゃんの質問に答えず、ニヤリと笑った。
なんなんだ?この女は?
そもそも、
『急用ができそうだから、あと5分で帰るかもしれない』
とは、どういうことだろうか。あまりにも不自然な日本語だ。急用ができたなら今すぐ帰ればいい。その『5分』とはなんなのだ?急用に間に合うギリギリの時間があと5分なのだろうか。そういう考え方もできるが、それはその場を楽しんでいて、少しでもここにいたい。と思う場合であろう。この女はといえば、先ほどからつまらなさを体全体で伝えている。そもそも『急用ができそう』とはどういうことなのだ?あらかじめ予想できる用事であれば、それを急用とは言わない。自分で調整可能な予定のはずだ。ということは今からの5分間で、
用事ができて帰るのか、それとも、用事ができずに帰らないのか、それを自分で決めますよ。
と考えることができる。こう考えると、この女の言わんとするところが見えてくる。つまり、こういうことだ。
『私の名前を思い出せない場合、私のプライドがそれを許さないので、帰らせてもらうわ。ただ、あなた達に私の名前を思い出す時間をあげましょう。そうね。あと5分というところかしら。いい。あと5分よ。それがリミットよ』
おそらく間違いないだろう。オレがこの考えに達した頃、他のメンバーも同じ考えに行き着いたようだった。
正直に自分の気持ちを言うと、
どうぞ、5分後と言わず今すぐお帰りください。
である。しかしそうなった場合、女性メンバーのミキちゃん、ゆうこちゃんが被害を被ることになるだろう。「なんなの!今日の合コンの男どもは!」みたいな感じで攻められそうだ。それでは、あまりにも2人が可哀想である。
この迷惑な女がどうなろうと知ったことではないが、ゆうこちゃんは友達である。ミキちゃんも良い子そうだ。助けてあげられるものなら助けてあげたい。先ほども、ごめん!という感じで、2人がこちらに手を合わていた。そんな姿を見れば、助けてあげたくなるのが人情だろう。オレはなんとかしてこの女の名前を5分以内に見つけてやろうと思った。田島さんも山崎も、同じ気持ちのようだった。
こうして俺たちと、自称昔はモテていたという迷惑女の『5分間の戦い』が始まった。
「田島さん、5分女の名前、思い出せそうっすか?」
山崎から、田島さんとオレのグループラインにメッセージが送られてきた。この迷惑女を『5分女』と呼ぶことにしたらしい。なかなか良いネーミングだ。
「いや、さっきから思い出そうとしてるが、無理だ。別のやり方を考えてみる」
と田島さん。やはり、田島さんと山崎に名前を思い出してもらうのは難しそうだ。
一番簡単なのは、女性陣にラインなどのメッセージでこっそり教えてもらうことだ。しかし、まだ参加メンバー同士で連絡先交換をしていないらしく、今の段階でお互いに連絡先を知っているのはゆうこちゃんとオレになるのだが、先ほどゆうこちゃんから
「ごめん、私もこの人の名前覚えてないの!」
とラインが来ていた。5分女はミキちゃんの先輩で、ゆうこちゃんとも初対面なのだ。名前を覚えていなくても仕方がない。何より、男性陣も全員覚えていないのだ。ゆうこちゃんを攻められるはずもない。
男性陣とゆうこちゃんは先ほどから何とかこの女の名前を手に入れる術はないだろうか。と熟考に入っており、ミキちゃんも懸命に女の名前を伝える術を探している。
そんな状態なので、今、この場に会話はない。側から見れば重苦しい雰囲気に見えることだろう。しかし、5分女以外のメンバーの気持ちは、完全に一つになっていた。
5分女の名前を知っているのは、ミキちゃんだ。ミキ→ゆうこ→オレと繋いでもらえれば、名前がわかる。しかし、ミキちゃんの携帯もゆうこちゃんの携帯も、5分女の目の前に置かれていた。5分女は「ミキの携帯もゆうこちゃんの携帯も可愛いねー。見せてー」と2人から携帯を奪い、それを返さずに自分の目の前に置いていたのだ。
今思うと、これは確信犯だ。こいつはこいつで、自分の名前の流出を必死になって食い止めている。何が何でも、男達に自分の名前を思い出させないと気がすまないらしい。
こうなると、ミキちゃんから5分女の名前を聞き出すのは難しい。
山崎もその状況をさとり、先刻から自分で思い出す作戦に切り替えているようで、自分の手のひらに物凄いスピードでいろんな文字を書いている。何かが引っかかって思い出すかもしれないと考えているようだ。先輩の田島さんは、携帯をじっと見て、微動だにしなかった。いつもは頼りになる田島さんだが、万策尽きたのかもしれない。
オレは、なんとかミキちゃんとゆうこちゃんの携帯を5分女から遠ざけようとした。名前を聞いていないオレが名前を思い出すことは不可能だ。だったら、できることはそれしかない。しかし、5分女のガードは硬かった。時間があればそれなりに作戦も立てられるのだが、5分しかないのだ。そして5分の間、この女はガードを緩めるつもりはないようだった。
「あの、得意料理とか聞いていいっすか?」
山崎が唐突に5分女に質問した。このままだと状況は変わらないと判断した山崎が、何とか流れを変えようと動いてくれた。
「得意料理ー?そうねー。色々あるよー。聞きたい?」
「聞きたいっす!」
全く興味がないはずなのに、山崎は即答した。
いいぞ山崎、もっと喋らせろ。何とか隙を見つけて、ミキちゃんとゆうこちゃんに携帯を戻すんだ。
見ると、ミキちゃんもゆうこちゃんも自分の携帯を見つめている。5分女が隙を見せれば、すかさず奪う体制に入っている。オレたちは、完全に連携できていた。
「得意料理発表ー!まず、第5位はー…チャーハーン!」
この女は…バカなのか。誰もランキング形式の発表など望んでいない。しかも、5位からということは、5つも言う気なのか。表情を見る限り、山崎も全く同じ思いを抱いているようだった。
「続きましてー、第4位はー…コロッケー!」
なぜ立ち上がって発表してるんだ。この女は。頭が痛くなってきた。でも、これでいいのかもしれない。好きに言わせてやると、それだけ隙が増えるかもしれない。そう思ってミキちゃんを見ると、ミキちゃんは泣き出しそうな顔をしていた。見ると、5分女の手にミキちゃんの携帯が握られているではないか!
「第3位はー…カニクリームコロッケー!」
5分女はミキちゃんの携帯をマイクがわりにして発表した。その携帯に、マイク機能などない。それに、コロッケとカニクリームコロッケを分けるな。『コロッケ』で一つにまとめろ。他にも色々と言いたいことはあったが、ツッコミ出すとキリがなさそうだ。それより、この馬鹿げた発表を何とかやめさせないと。
「第2位と第1位はー…後ほど発表になりまーす!」
お前は本当に帰る気があるのか?もしおれたちがお前の名前を思い出せなかった場合、お前は急用とやらで帰るのではないのか?
「ピピピピー」
その時、5分女が設定したタイマーが鳴った。何が何やら自分でも状況がよくわからなくなってきていたのだが、あれから、5分が経過したようだ。
しかし、5分女は明らかに帰りづらそうであった。それはそうだろう「2位と1位は後ほど発表」の直後だ。さすがにこのタイミングで「帰る」とは言い出せないのだろう。そもそも、誰も望んでいないのにランキング形式になどするからこうなるのだ。「得意料理はコロッケかなー」で終わらせておけば、すんなり帰れたのだ。
「ピピピピー」
鳴り続けるタイマーの音が重たい空気をさらに重くする。もう、誰にもどうすることもできなくなっていた。
「ごめんごめん、オレ、忘れっぽくてさー、クズコちゃんだったよね」
何と、田島さんが唐突に5分女にそう言った。そういえば田島さんは、5分女の発表中一言も発することなく、携帯を眺めていた。ゆうこちゃんが驚いたように田島さんを見ている。ミキちゃんはやったーと言わんばかりに右拳を握りしめていた。
「思い出すの遅いけど、まあいいわ。さ、飲み直しましょうか」
5分女も、これで帰る必要はなくなった。とても帰れる空気ではなかったので、田島さんは5分女までも救ったことになる。
ただ、田島さんが自力で名前を思い出したとはどうしても思えない。興味のないものにはとことん興味のない人だ。『クズコ』という名前など、頭の片隅にも残っていなかったはずだ。
そんなオレの思いを察してか、田島さんが自分の携帯をこちらに見せてくれた。その画面には『知恵袋』というページの画面が表示されていた。「あっ」と小さく声をあげてしまった。なるほどと思った。このページに質問を投げかけると、不特定多数のユーザーがその質問を見ることができる。そして、回答をもらえるのだ。
田島さんが携帯を見つめていたのは、万策尽きたのではなかった。天命尽くして、人事を待っていたのだ。
田島さんは「あと5分」になった瞬間、ここに5分女の特徴を書き込み、名前を質問したのだ。これほどまでに迷惑な女だ。他で同じように迷惑をかけていても、不思議はない。田島さんはそう思った。そして、質問した。すると田島さんの予想通り、同じ被害にあった人がいたようで、何と複数人から「その女はクズコです」という回答が寄せられていた。まったくもって、迷惑極まりない女である。
「田島さん、すごいっす」
同じくカラクリを知った山崎が田島に尊敬の眼差しを向けている。オレも同じ気持ちだった。
絶望的と思える状況でも、最後まで諦めてはいけない。どこかに、必ず突破口はある。そのことを教えてくれた田島さんは凄い先輩である。
長いようで、短くも感じた壮絶な5分間。オレはこの5分間を、生涯忘れることはないだろう。
エピローグ
今思い出しても、壮絶な5分間だった。今でも田島さんや山崎と飲むと、たまにこの5分の話をすることがあるが、今となっては良い思い出だ。
そうそう。その後について少しだけ補足しておこう。
合コンの後、メンバー同士での発展はなかった。しかし、5分女からミキちゃんへ
「私、連絡先を聞かれてないんだけど、どうなってるの?『クズコさんの連絡先を教えて』ってあなたの友達のゆうこちゃんへ男性メンバーから連絡がいってないかしら。きっとあの子が止めてるわ。聞いておいてちょうだい」
と連絡があったらしい。もちろん、誰もそんなオファーは出していない。
最後に5分女、いや、最後くらいは名前で呼んであげよう。クズコさんの得意料理について、第2位がカレーコロッケ、第1位が海鮮チャーハンであったことだけ付け加えておく。
おわりに
応募用に短編小説を書きました。
小説投稿サイトで募集されている「あと5分」をテーマにした短編小説のコンテストに応募するために書いた小説ですが、昔、実際に経験した実話を少しアレンジして書いてみました笑
今回も最後まで読んでくださりありがとうございました。