今回は短編の応募用に、読み切りの短編小説【僕が捨てた物語】を書いてみましたので紹介します。
僕が捨てた物語
「じゃあ、行くね」
彼女の表情にもう迷いはなかった。その目は前だけを見つめていた。
頑張って。応援してる。
僕は彼女にそう言ったが、
(引きとめたい…)
この期に及んでも、まだそう思ってしまっていた。
しかし、これまで何度も考えて、これがベストだという答えを出したのだ。
「ありがとう…私…幸せだったよ」
彼女の言葉が決心したはずの気持ちをグラグラと揺らす。
僕も。
そう声を出すのが精いっぱいだった。
涙が出そうになったが、何とかこらえる。彼女の門出に涙はダメだ。
にっこり笑って彼女は出ていった。彼女の姿が見えなくなった後も、彼女の笑顔は僕の心に焼きついたままだった…
彼女と付き合い始めたのは、1年前だ。
僕は趣味で小説を書いており、書いた作品などを小説投稿サイトに載せているのだが、投稿した小説をたまたま彼女が見てくれたのがきっかけだった。
彼女はサイト内で僕の作品に対する感想をよくくれたので、いつの間にか彼女とは頻繁にやり取りをするようになっていた。そして、彼女のことも徐々にわかってきた。
彼女は音楽をやっていた。
彼女はギターの弾き語りをやっており、オリジナルの曲などを書く際、歌詞のヒントを探すために小説投稿サイトを見るとのことだった。
彼女が近くに住んでいることもわかり、彼女のライブを見に行くことになった。
初めて見た彼女はステージ上だった。輝いていた。もちろん彼女の容姿もだが、それ以上に彼女がまとうオーラが光って見えた。
彼女のライブが終わる頃、僕は彼女に打ちのめされていた。
光り輝く彼女に、好きとかそういう類の言葉が陳腐に感じる程、僕の心は奪われていた。
それから彼女のライブを頻繁に見に行くようになったのだが、彼女も僕の他の作品を読んでくれるようになっていた。
僕達が仲良くなるのに時間はかからなかったが、仲良くなった後もお互いがどういう人なのか、性格みたいなものを言葉では聞かなかった。
僕が彼女にそれを聞かなかった理由は、彼女が書く歌詞で彼女の人間性がわかるような気がしたからだ。そして、それは彼女も同じだった。
彼女も僕の書く文章で僕という人間を判断していたようだ。そのことに対して驚いたというのもあったが、同時に嬉しくもあった。
しばらくして、意外にも彼女の申し出により僕たちの付き合いは始まった。
僕みたいなタイプの人間が回りにいないらしい。それはそうだろう。あんなに輝いている世界に僕のような人間がいるはずもない。
光り輝かない僕に興味を持ったのだろうと推測した。
彼女からの申し出を受けた時、これまで生きてきた中で『嬉しい』と感じた感情を全て足してもまだ足りないくらいの嬉しさを感じた。
彼女と付き合い初めてからは、幸せの一言だ。何もかもが幸せだった。
そして彼女ははやり、書く詩のとおり優しくて素敵な女性だった。
僕はこの幸せが、ずっと続くと思っていた。
しかし、1年が経とうとするころ彼女に転機が訪れた。
彼女のライブを見た音楽プロデューサーから、
「彼女をプロデュースしたい」
とスカウトがあったのだ。彼女の夢はプロの歌手になること。
僕はその話を聞いたとき、迷う必要なんかないと思った。僕は彼女の一番のファンだ。彼女の魅力を誰よりも知っている。
彼女なら絶対に成功する。そう思った。
しかし彼女は迷っていた。迷う理由なんかどこにもないのに…
理由を聞くと、彼女は言った。
「レッスン浸けになるらしいの。それで、忙しくなるの」
もちろん、いくらセンスがあっても努力は必要だ。当然のことだと思った。そして、彼女は夢のためなら努力を怠らない人だ。
レッスンを死に物狂いで頑張ったらいい。そう言った。
「ほんとに余裕がなくなるんだって。それでね、今の生活を全部捨てないといけないの。家も、仕事も、そして…」
彼女が僕を見た。彼女が言わんとすることがわかり、体が固まった。
『そして…あなたも』
きっと、そうなのだろう。
ショックだった。
彼女の夢は知っていた。叶えてほしいとも思っていた。でも、そのときは厚かましくも彼女の横に自分がいるものだと思っていた。
何の疑問も持たず、漠然とそう信じていた。
彼女が横にいてくれることが当たり前になりすぎて、それがなくなることなど考えもしなかったのだ。
しかし現実的に考えると、当然なのかもしれない。
夢を叶える為には必死にならなければいけない。頭の中を『夢の実現』で埋め尽くし、それ以外のものはいっさい入れない。そのくらいの覚悟がないと夢なんてかないっこない。そこに僕の入るスペースなどない。頭では理解していたはずなのに、僕は必ず彼女の横に自分を置いていた。
目の前には、覚悟を決めた彼女がいた。
そのまっすぐな目を見た途端に自分が恥ずかしくなった。
そんなの当然だよ。と僕は彼女に言った。
彼女は泣いていた。
僕の幸せは彼女がプロの歌手になること。たくさんの人を彼女の歌で幸せにしてほしい。
僕は涙をこらえて、何とかその言葉を絞りだした。そして最後に、別れよう。と告げた。
彼女は泣きながら頷いた。
こうして彼女との別れが決まった。
僕は、彼女が出ていった玄関をしばらく見つめていた。
少し前まで希望に満ちていた彼女との未来が、今は見えない。
目の前を見ても、真っ暗に見えた。
いや…ほんとに真っ暗になっていた。
先程まで確かに部屋の電気は点いていた。でも、今は電気を消した覚えがないのに部屋が真っ暗になっている。
「叶えたい願いを、一つだけ叶えてやろう」
聞き覚えのない、かすれた高い声が聞こえてきたかと思うと、目の前に黒い服をまとい三角の帽子をかぶった老婆が立っていた。手には水晶のようなものを持っている。
「あなたは?」
「魔法使いじゃよ。お主が哀れすぎて見てられんでの、出てきてやったわい」
「願いを一つ、叶えてくれるんですか?」
「ああ、一つだけ、どんな願いでも叶えてやるぞい」
願いは決まっている。今、出ていった彼女の成功をお願いすることだ。何より、それをお願いしないと、これまで僕がとってきた行動の辻褄が合わなくなる。
でも…僕は、違うお願いを魔法使いにしようとしていた。しかし、それを言えずに、ただ目の前の老婆を見据えていた…
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
物語はそこで終わっていた。
「これ、私達じゃない…」
栞は3年前、彼の部屋から持ち出した一つのファイルをパソコンで見ていた。
「どうしてなんの脈絡もなく魔法使いとか出すのよ…センスないなぁ」
栞は笑おうとしたが、3年前に分かれた彼、塔馬との思い出が頭の中を駆け巡り、笑えなかった。
(塔馬、私…ダメみたい…)
栞の目から、涙が溢れ出した。
塔馬の部屋を出たあの日、栞は前しか見つめていなかった。絶対にプロになる。そう決心して、栞はその後彼を振りかえらなかった。
しかし、現実は厳しかった。
周りは、自分以上の才能の持ち主ばかりだった。最初の頃は怒られても、評価されなくても頑張った。少なからず自分の歌にも自信を持っていた。しかし日が経つにつれて、現実の厳しさを思い知った。
(この人達…凄い)
周りのレベルの高さに、自分の自信などちっぽけなものだと思い知らされた。がむしゃらに頑張れば頑張るほど、自分と周りとの差を痛感した。
それでも栞は頑張り続けた。周りに差を見せられながらも頑張り続けた。
そして、やっと栞にもデビューがチャンスが巡ってきた。
ソロではなくユニットという形だったが、あこがれのプロになれることには違いない。
(3年間頑張ってきた努力がやっと報われた)
そう思ったが、実は、栞はそれほど嬉しくなかった。シンガーソングライターとして活躍したかった彼女は、自分の書いた歌を、自分の声で、演奏で、世の中に伝えたかったのだ。
それはずっとプロデューサーに伝えていたが、
「栞ちゃん、それはわかってる。でも、ステップなんだよ。こういう活動も経て、みんなビッグになっていくんだ。だから、やりたくないユニットかもしれないけど、こういうチャンスを逃したらダメだ」
言われていることは分かる。
(でも、これは私の目指している音楽じゃない)
栞は、歌うことが楽しくなくなっている自分に気付いていた。
あんなに楽しかった歌を歌いたくなくなっており、デビュー曲となる人気作曲家の手掛けた曲さえも駄曲に聞こえるようになっていた。
そんなとき彼を思い出した。今まで封印していた塔馬を。
彼はいつも、優しく笑ってくれた。
「栞の曲は最高だ。歌も、声も、僕が聞いてきた歌手の中で一番だ。僕は栞の大ファンだよ」
いつもそう言ってくれた塔馬…彼が横にいてくれたとき、歌うことが本当に楽しかった。今、そんな彼が愛おしい。
(塔馬…会いたい)
栞は自分の中に芽生えそうになる思いを必死に封じ込めた。
(ダメだ!私が捨てておいて都合が良すぎる。それに今、塔馬には彼女がいるかもしれない)
3年も経っているのだ。
あんなに優しい塔馬に彼女ができていないことの方が不自然だ。
(でも小説なら…彼女がいたっていいよね)
栞は塔馬の作品に触れたくなった。彼の作品を読むことで、彼の優しさに触れたかった。
しかし小説の投稿サイトを見てみると、栞の読んだものばかりで塔馬の作品は更新されていなかった。3年間、1文字も書いていないことになる。
(あんなに熱心に小説を書いていた塔馬が、どうして…)
栞は不思議に思ったが、作品がないものは読みようがない。彼の作品を読むのをあきらめようとしたとき、あの日…3年前にパソコンのゴミ箱から拾った彼のファイルを思い出したのだ。
栞は塔馬と別れた後、一度だけ彼の部屋を訪ねたことがある。パソコンに置き忘れた楽譜を取りに行くためだった。塔馬に連絡すると「鍵をポストに入れとくから入っていいよ」とのことだった。
声を聞いて会いたい衝動にかられたが、全力で感情を押し殺した。
部屋に入りパソコンを立ち上げた。目的の楽譜はすぐに見つかったがデスクトップにあるごみ箱にもファイルを見つけた。
いつも几帳面でデスクトップに余計なアイコンを置くのが嫌いだった塔馬。これまでゴミ箱にファイルが置きっぱなしになっていることなどなかった。
気になった栞はゴミ箱の中を覗いてみた。するとそこに『僕が捨てた物語』という名のファイルが捨てられていた。塔馬が消し忘れたと思って消去しようとも考えたが、タイトルが気になってしまい栞はUSBメモリに保存した。
その物語を、栞は今、初めて読んだ。ゴミ箱に捨ててあった『僕が捨てた物語』を。
内容は栞と塔馬が出会ってからの実話を元にした小説になっていた。そして、なんとも中途半端なところで物語は止まっていた。
(続き、書けないんだ…これ、ノンフィクションだから…私達の物語だからこれ以上書けないんだ…)
栞はもう一度タイトルを見た。
『僕が捨てた物語』
(塔馬はどんな思いで私達の物語を捨てたのだろう。私のことを応援してくれてた。無理やり笑ってくれた。でも…これを読むと、ほんとは…捨てたくなかったんだね)
塔馬の優しさに甘えていた。あの時、塔馬の部屋を出たとき、栞には輝かしい未来しか見えてなかった。正直、塔馬のことはつらかったが、ふっきる自信があった。
(でも…塔馬は…)
栞は塔馬の気持ちを考えると、今さらながらに胸がいたんだ。
(塔馬…待っているのは普段と変わらない日常だったよね、そして、私もいなくなって)
そんな中で、おそらく絶望の中で、それでも笑って、塔馬は栞を見送ったのだ。
(塔馬、私を…私との生活を、あきらめてなかったんだね。変な魔法使いまで出して)
物語の中に、突如現れた魔法使い。この魔法使いの出現が当時の塔馬の気持ちを表しているように、栞には思えた。
不自然極まりなく表れたこの魔法使いに、塔馬は何をお願いしたかったのだろう。
(彼女の夢が叶いますように…じゃないよね)
物語の中で主人公、つまり塔馬は彼女の成功をお願いしなかった。栞がプロの歌手になることをお願いしなかったのだ。
何か、もうひとつ別のお願いをしようとしているところで物語は止まっているのだ。
(まだ…間に合うかな?)
塔馬が、私のために捨ててくれた物語。
塔馬が、ほんとは終わらせたくなかった物語。
(終わらせちゃいけない…あんな中途半端なところで…終わらせない!)
栞はファイルを閉じ、彼の物語の入ったUSBメモリを引っこ抜いた。
(塔馬が待っててくれている)
小説が1つも更新されていなかったこと。そして、あの物語の中途半端な終わり方を見て栞はそう感じていた。
(塔馬、私が3年前に捨てた彼…ごめん。私やっぱり、あなたがいないとだめ)
栞は靴を履き、勢いよく玄関を飛び出した。ここから塔馬の家まで電車を乗り継いで3~4時間といったところだ。今出ても夜には着けるだろう。
駅に向かって走っているとき、栞の携帯が鳴った。
「はい、あ、緒方さん」
電話はデビューするユニットを担当しているプロデューサーの緒方からだった。
「栞ちゃん。急遽、今日の夜プロモ用の写真撮影が入っちゃってさ。急で悪いんだけど、今からこっちきてくんないかな」
「すみません!行けません!」
走りながら話しているので、声が途切れ途切れになる。
「行けない?栞ちゃん。チャンスなんだよ。無理してでもチャンスを生かすために、都合をつけるもんだよ」
「すみません!私、やめます!」
「え?何言ってるの?やめるってどういう…」
「今までお世話になりました!」
受話器に向かって言い放ち、栞は電話を切った。
(塔馬、今度は私が捨てるからね)
栞は駅の階段を勢いよく駆け上がった。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
チャイムが鳴る。時間は夜の9時だった。
(こんな時間に誰だろう)
玄関に出て来訪者をドア越しに確認した塔馬は、声を上げそうになった。
急いで鍵を外してドアを開ける。
「久しぶり…突然でごめんね」
目の前に3年前別れた彼女、栞が立っていた。
「えと…久しぶり…どうしたの?」
聞きたいことがありすぎてうまく頭が回らない、塔馬はこれが現実なのかさえも疑うほどだった。
「とりあえず、上がっていいかな?」
「うん…どうぞ」
3年前、彼女が出て行ったドアから彼女が入ってくる。
そのまま部屋へ上がっていく彼女の後姿を、塔馬は見つめていた。それは、塔馬がもう見れないと思っていた風景だった。
「ねぇ、どうして小説書いてないの?」
唐突に振り向いた彼女が塔馬に聞いた。
「うん。なんとなく」
そう答えたが、理由はわかっていた。それは、栞が読んでくれることがなくなったから。
最初は書くのが好きで書いていた。投稿サイトで良い評価がもらえると嬉しかった。
でも、栞と知り合ってから、栞の評価が何よりの楽しみになった。
物語を書いているとき、いつも想定する読者は彼女だった。
自分でも気付かないうちに、彼女に読んでもらう為に小説を書くようになっていた。
(その彼女…栞が僕の物語を読んでくれることはもうないんだ)
そう思うと、書く気になれなかった。しかし、塔馬には腑に落ちないことがあった。
「なぜ僕が書いてないってわかるの?レッスンでそれどころじゃないでしょ?」
彼女は夢を実現させるため、ここを出ていった。ストイックな彼女が、夢に向かっている途中で小説サイトを覗くはずがない。
「やめたの」
「え?」
「プロになるのやめたの」
「そんな…もったいないよ!栞だったらできる。僕は、応援する!」
栞が途中で夢を投げ出すなど、塔馬には考えられなかった。
「もういいのよ。それよりね…」
栞が塔馬へ何かを投げる。小さな黒い物体が塔馬の方へ飛んでいき、塔馬がそれをキャッチする。
「USBメモリ?」
塔馬の手にある物体はUSBメモりだった。
「下手くそ」
「なんのこと?」
塔馬は栞にそう言われてもピンとこなかった。下手くそとは何だろう。このUSBメモリと何か関係があるのだろうか。
「いきなり魔法使い出てきて、めちゃくちゃじゃん」
栞が笑う。
「あっ!」
塔馬はベッドの横においてあるノートパソコンにUSBメモリを差して、ファイルを確認した。
そこには『僕の捨てた物語』という名のファイルがあった。
「これ、読んだの?」
「読んだよ。ほんと、魔法使いのところ下手すぎ」
そう言われても仕方ない。あの時、塔馬は魔法使いにでもすがりたい思いだったのだ。
「でもこれ、どこで…」
「忘れた楽譜取りに来たとき。パソコン開いたらゴミ箱にそれ入ってたよ」
(しまった…あのとき、途中で書けなくなって、ゴミ箱に入れて…でも、捨てれなくて未練がましく残しておいてたんだ…)
「これは、その…もう終わらせた話だから」
正確には、諦めるしかなかった話。
「魔法使いに何をお願いするつもりだったの?」
(それは、栞と…)
「言えないよ。凄く矛盾したお願いだから。それよりもやめるなんて言わないで、プロ目指して頑張ってよ!」
口ではそう言ったが、塔馬はそれが自分の本心かわからなくなっていた。
「プロにはなれないよ」
「どうして?」
「主人公が魔法使いにお願いしてくれなかったから」
栞がいたずらっぽく笑った。
「書くよ!続き!栞の成功をお願いして、栞がスターになる続きを!」
「違う!それだったらフィクションじゃん!この物語、ノンフィクションでしょ!」
「そうだけど、栞だったら可能性あるじゃん。だからノンフィクションにな…」
塔馬がそこまで言ったとき、栞が塔馬に飛びついた。その勢いのまま、二人はベッドへ倒れ込んだ。
「だめ…ノンフィクションを書いて」
「しおり…」
「主人公が魔法使いにお願いをするところから、『僕が捨てた物語』の続きを書いて…この物語を…捨てないで」
ベッドの上で二人の影がゆっくりと重なっていった。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
「じゃあ願いを一つ、叶えてください」
「よいぞ、願いを言え」
「今出て行った彼女と、結婚させてください」
「おぬし彼女の夢を応援するために別れたんじゃろう。矛盾しとらんか?」
「的確なつっこみはやめてください。願いを叶えてください」
「わかった。願いを叶えよう。ただしこの願い、少々時間がかかりそうじゃ。しばらく待てるかの?」
「はい。何年でも待ちます」
「わかった。それではお主の願いを叶えよう」
魔法使いがそう言うと水晶が光り始め、一瞬で辺りを眩い光が包んだ。
そしてその光が消えたとき、魔法使いも消えていた。
(魔法使いを信じて、何年でも待とう)
僕はいつもの状態に戻った部屋で、そう誓った。
~3年後~
「ねぇ、先出るよ!私、今日ライブだから!見に来てくれるよね?」
共働きの僕たちの朝は忙しい。お互いが準備をしながら、お互いの予定を確認する。
「もちろん行くよ。今日は比較的早く仕事が終わるんだ。間に合うと思う」
「やったー!今日はね、新曲があるんだよ」
「え?僕が聞いたことのない曲?」
「聞いたことない曲だから新曲なんだよ。あー、遅刻する!じゃね、また夜に!」
3年前別れた彼女が、僕の妻として家を出ていった。
魔法使いが願いを叶えてくれたのはお願いの3年後だった。
プロを目指した彼女が、プロをあきらめて僕の元に帰ってきてくれたのだ。
彼女はプロをあきらめた詳しい理由を言ってくれなかったが、僕にはわかっている。
魔使いが彼女の心境を変化させてくれたに違いない。あの老婆が彼女を導いてくれたんだ。
3年の月日がかかったけど、魔法使いは約束を守ってくれた。
僕は魔法使いに心から感謝した。
彼女が戻ってきてからすぐ、僕たちは入籍した。
式は挙げていない、特別なこともしていない。だけど、入籍して彼女と夫婦になれたという事実だけで僕は幸せだった。
今日もまた、僕たち夫婦の新しい一日が始まろうとしている。
そしてそれは、この物語に新たな一ページが加わることを意味する。
『僕が捨てた物語』
この物語が、いつまでも続きますように。
そして願わくば、僕の作品の中で最長となるであろうこの物語がハッピーエンドで終わりますように…
大好きな妻の笑顔を思い浮かべながら、僕は心からそう願った。
おわりに
応募用に短編小説を書きました。
小説投稿サイトで募集されている「あの日捨てたもの」をテーマにした短編小説のコンテストに応募するために書いた小説ですが、やっぱりまだまだ筆力がないと実感です。
もっと勉強して書きまくらないと…
今回も最後まで読んでくださりありがとうございました。