ブログ小説【お風呂さん】

今回は短編の応募用に、読み切りの短編小説【お風呂さん】を書いてみました!


お風呂さん

「にいちゃーん、おれ、凄いこと発見したー」

湯船の中に潜っていた弟の勇輝ゆうきが、ザバっという音とともに顔を出し、得意げに言う。

「なに?凄いことって?」

シャワーで頭を流しながら兄の幸一こういちが尋ねる。

兄の幸一が小学5年生、弟の勇輝は二つ下の小学3年生。二人兄弟は仲が良く、お風呂に入るときはいつも一緒だった。

「あのね、洗面器を、こうさかさまにして湯船に浮かせて…」

勇輝が言葉通りに洗面器をさかさまにして湯船に溜まったお湯の水面に浮かべる。

「それから、そのまま沈めるんだよ。空気入るから洗面器が浮かんでこうとするんだけど、おさえつけて沈めるんだ」

勇輝がぐっと両手に力を入れて洗面器をさかさまの状態のまま押し下げると、洗面器はさかさまのまま完全に水中へ沈んだ。

「こうするとね、水の中なのに洗面器の中で息ができるんだよ!」

再び勇輝がザバっと湯船の中へ潜る。体は仰向けの状態になっているが、どうやら顔は両手で沈めている状態の洗面器の中に入れているらしい。

二人はよく、どちらがより長く湯船に潜っていられるかで勝負をした。普段なら勇輝は30秒程度しか潜っていられないので兄の幸一が勝つのだが、今回は1分を過ぎても勇輝はその状態のまま上がってこなかった。

幸一は心配になり、

「おい!大丈夫か!」

と声をかけ弟の肩をたたいた。すると、勇輝が洗面器から両手を離し勢いよく洗面器が水面に飛び出した。その後、ザバっという音とともに勇輝が湯船の中から顔を出した。

「息できるからぜんぜん大丈夫だよ。にいちゃんもやってみてよ」

半信半疑ながら、幸一は勇輝の説明通り洗面器をさかさまにしたまま湯船に沈め、その後自らも潜って、水中にある洗面器へ顔を入れてみた。

(あれ?ここだけ空気がある。ほんとに息ができる)

勇輝の言うように、水中にいながら自分が両手で沈めている洗面器の中だけは、空洞になっていて息ができた。

(これ、すげーや)

ちょっとした感動を覚えたので幸一はしばらくそのままの状態でいた。すると水面から

「こうたーい!こうたーい!」

と勇輝の声が聞こえてきたので、幸一は洗面器を離して湯船から顔を出した。

「勇輝、これ凄いな」

「でしょ!次、おれー」

勇輝が洗面器を沈め潜っていく。心地よさそうに洗面器に顔を入れている弟に何か悪戯をしたくなった幸一は、驚かせてやろうとお風呂の電気を消して真っ暗にした。

幸一は弟がすぐに上がってくると思っていたが、予想に反して勇輝は上がってこなかった。そして、しばらくして湯船の中から顔を出した勇輝が不思議そうな顔をして言った。

「にいちゃん、真っ暗だとね、不思議な感じだよ。やってみて」

幸一は真っ暗な湯船に洗面器を沈め、先程と同じように顔を入れた。

(ほんとだ。不思議な感じだ…)

先程は湯船の中だとしっかり認識できていたが、真っ暗で何も見えないと、自分がほんとに湯船の中にいるのかわからなくなる。

(お母さんのお腹にいたころって、こんななのかな)

温かく優しいお湯に包まれて息をしながら、幸一はそんなことを思っていた。

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


「幸一くん、今日も遅いの?」

「うん。急ぎの仕事があるんだけどぜんぜん終わらなくて残業になると思う。毎日悪い」

「ううん。仕事なら仕方ないよ。拓斗たくとのこと、また休みの日にでも相談させて。拓斗!早く学校の準備!」

妻の宏美ひろみが小学2年生の息子、拓斗たくとを急がせる。

「やってるよ!お父さんお仕事行くの?いってらしゃーい」

声から拓斗のバタバタしている様子が伝わってくる。

「おう、拓斗も学校頑張ってな!じゃあ行ってくる」

「はい。いってらっしゃい」

敬人けいと、いってくるね」

幸一は妻の大きくなったお腹を優しくさすった。宏美のお腹には二人目の子供ができていて、来月が出産予定だった。男の子とわかった時点で、名前を『敬人けいと』と決めていた。
拓斗ができてからずっと二人目ができなかったので幸一はあきらめていたのだが、ついに待望の二人目ができた。幸一も二人兄弟という環境で育ったので、拓斗に弟ができることを喜んでいたのだが…

バシッ!

「お父さん、お腹さわったらダメ!」

拓斗が凄い勢いで走ってきて、幸一の手をたたく。

「拓斗!あなたお兄ちゃんになるんでしょ!どうしてそんなことするの!」

「弟なんかいらない!」

プイッとそっぽを向いて拓斗が走っていく。

「拓斗!」

拓斗が弟の誕生を嫌がっているのが幸一の心配事だった。弟ができるとわかったときは喜んでいたのだが、幸一がお腹に語りかける姿や、お腹をさする姿を見てやきもちを焼いたのだろう。宏美が相談したいというのもそのことだった。

「幸一くんからも何か言ってよ」

「休みの日にゆっくり話してみるよ。とりあえず行ってくる」

「わかった。いってらっしゃい」

(さて、何をどう話したもんかね…)

拓斗の怒る顔を想像しながら、幸一は玄関を出た。

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

「拓ちゃん、そんな感じなんだ。赤ちゃん返りってやつ?」

「いや、そこまでじゃないんだけど、とにかくやきもちが酷くてね」

「そうなんだ。うちも二人だけど、なんせ同時に産まれてきたからそういうのはわからないな」

幸一は久しぶりに弟の勇輝と飲みに出ていた。勇輝も結婚して子供が二人いるが、双子の兄弟だった。年齢は拓斗の二つ上で、小学4年生。二人とも拓斗のことを弟のように可愛がってくれて、拓斗もよくなついていた。

「お前のとこは双子だもんな。しかし、まいったよ。何を話してもダメなんだ。拓斗が凄くご機嫌なときでも、産まれてくる子供の話をすると不機嫌になるしね。どうしたもんかと困ってるよ」

「まあでも、長くは続かないんじゃないの?実際に産まれてきた赤ちゃんを見ているうちに、拓ちゃんも赤ちゃんのこと可愛く思えてくるんじゃない?」

「そう願うよ」

幸一もどうして良いかわからなかったので、そう願うしかなかった。

「そうそう。話変わるけどさ、息子二人に、昔兄ちゃんとよくやったお風呂での遊び教えたんだよ。洗面器沈めて息するやつ。そしたらはまっちゃってさ、最近ずっとお風呂でそればっかりやってて、お風呂から上がってこなくなっちゃったよ」

「そうなのか。俺達もよくやったな。今考えたら当たり前のことなのに、あのときは不思議な気がしたよなぁ」

「ほんとそうだよね。ただね、昔兄ちゃんにやられたみたいにお風呂の電気消してやったらさ、子供たちが不思議なこと言うんだよ。お母さんのお腹の中みたいだ。って」

幸一は、昔自分でもそう思ったことを思い出した。

「おれもそんな気がしたよ」

「そうだったんだ。でも、面白いのはね、二人はよく一緒に洗面器に顔入れるんだけど、そうしていると、お腹の中で喋ってたこと思い出すって言うんだよ。何話したのかは覚えてないらしいんだけど、確かに二人で話してたって。双子って不思議だよ」

(お腹の中で話す…か。そんなことができたら、拓斗もお腹の啓斗に対して優しくなれるのかもしれないな)

「うちも双子がよかったよ」

「大丈夫だよ。きっと可愛がるようになるって。たくちゃん優しい子だから」

「そう願うよ」

幸一はまた、願ってしまっていた。


宏美の出産予定日が近づいてきていたが、拓斗の様子は変わらないどころか、さらに悪くなっていた。会社の先輩にも相談したが、時間が解決してくれるのを待つしかない。とのことだった。

「ただいま」

普段なら会社から帰ると、宏美と拓斗から「おかえり」と返事があるのだが、今日はなかった。なにやら、リビングの方で宏美の声が聞こえたので幸一はそちらへ向かった。

「お腹たたいたらダメでしょ!」

「だって、お腹の赤ちゃんばっかり可愛いがるんだもん!」

「いい加減にしなさい!だいたい…あ、幸一くん!幸一くんからも言って!拓斗、私のお腹たたいたの!産まれてくるなって言いながら」

宏美は涙目になっていた。

「お父さんもお母さんも、僕よりお腹の赤ちゃんが可愛いから、僕なんかもういらないんでしょ!」

うわーんと拓斗も泣きだした。

「拓斗!いらないわけないだろ!拓斗もお腹の敬人と同じくらい大切に決まってるだろ!」

「だって、最近ぜんぜん遊んでくれないもん!お風呂だって一緒に入ってくれないもん!うわーん」

そういえば、仕事に追われて最近はぜんぜん拓斗の相手ができていなかった。

(いや、仕事で疲れてる中、不機嫌な息子を相手にするのを避けていたのかもしれないな)

「よし拓斗!今日は一緒にお風呂に入ろう」

「ほんとに?」

「ほんとだ。お風呂の中でお父さんとゆっくり話そう。先に入っといてくれ」

「うん。じゃあ先に入っとくね」

拓斗が涙を拭きながら、お風呂へ向かっていった。

「宏美、拓斗を任せっきりで悪かった。お風呂の中でゆっくり話してくるよ」

「うん。もう、私もどうしていいかわからなくて…お願い」

疲れている妻の表情を見て、幸一は本当に申し訳ないと思った。

「ほんとに悪かった。今日は拓斗が寝るまで面倒をみるから、宏美はゆっくり休んでおいて」

「うん。ありがとう」

幸一がお風呂へ入ると、拓斗がすでに湯船につかり、いろいろなおもちゃを浮かべていた。

「お父さん!このおもちゃ凄いんだよ!これね…」

「拓斗、お母さんのお腹にいる敬人がそんなに嫌いか?」

拓斗の会話を遮り、洗面器でかけ湯をしながら幸一が聞いた。

「…うん。だって、赤ちゃんのこと、僕よりも可愛がるじゃないか…そしたら、僕と、もっと遊んでくれなくなるでしょ…」

最後の方は泣き声になっていた。

「拓斗、ごめんな。最近、お父さんお仕事で疲れててな。あんまり拓斗と遊んでやれなかったな。ごめん。許してくれ。でもな、拓斗と遊んであげれなかったのは、敬人の方が可愛いからじゃない。本当だ。信じてくれるか?」

拓斗は下を向いたまま黙っていた。幸一も湯船に入り、拓斗の頭をなでた。

「拓斗、さっきお母さん泣いてたぞ。知ってるか?」

拓斗は首を横に振った。

「お母さん、どうして泣いたかわかるか?」

「…お母さんのお腹たたいたから…」

消え入りそうな声で言う。

「そうだな。ちゃんとお母さんに謝れるか?」

拓斗は再び黙った。

「拓斗。お母さんな、お前がお母さんのお腹にいる敬人を嫌いなことが悲しいんだよ。拓斗、もし、としくんやともきくんが、お前なんか嫌いだ。って言って、お前をたたいたらどうだ?」

としくん、ともきくんとは勇輝の双子の息子だ。拓斗はこの二人が大好きだった。

「…いやだ」

「そうだろ。お前がやったことはそういうことなんだ。お腹の敬人がお母さんに、拓斗兄ちゃんにたたかれて悲しい。って言ってるんだ。だから、お母さんも悲しいんだよ」

「お母さん、赤ちゃんと話せるの?」

「直接は話せないけど、赤ちゃんの考えてることはわかる。だって、敬人はお母さんの中にいるんだよ」

「でも、お腹の赤ちゃんも僕のこと嫌いなはずだ。僕、いっぱい意地悪したから…」

「そうかな。お父さん、敬人はお前のこと好きだと思うぞ。お前は最初、凄く優しかったじゃないか」

拓斗は宏美の妊娠が分かった当初は喜んでいて、よく宏美のお腹をさすっていたのだ。

「でもお前が途中から意地悪になった。だから、悲しんでると思うぞ。大好きなお兄ちゃんにたたかれてな」

拓斗は泣きだした。

「おとう…さん…と、おか…あさん…とられる…と…おもっ…たもん…」

「そんなことない。拓斗も産まれてくる敬人も、お父さんとお母さんの宝物だ」

「でも、いじわ…る、いっ…ぱい…したか…ら、あかちゃん…に…きらわれ…てる…もん…」

泣きじゃくって拓斗はうまく話せない。

「大丈夫だ、嫌われてない。あと、『赤ちゃん』でなく『けいと』って呼んでやれ。今はまだお母さんのお腹の中だけど、お前の弟だ」

「けい…と…、け…いと…、けいと…ごめんなさい」

拓斗がそう言って涙をこぼしたとき、急にお風呂の電気が消えて周りが真っ暗になった。

「おとうさん!」

「大丈夫だ、となりにいるよ」

(停電か?)

幸一はそう思ったがすぐに違うとわかった。なぜなら、お風呂に備え付けられているお湯の温度をコントロールするパネルの電気がついていたからだ。そして、パネルの液晶部分がいつもより明るく光りだした。

「これは、なんだ…」

パネルは湯船のすぐ上にあるので湯船から表示内容がわかるのだが、普段『適温』と表示されている液晶部分が『通話可』となっていた。

(通話可?誰と話すんだ…)

受話器などもちろんない。パネルに手を伸ばそうとしたとき、幸一は勇輝の言葉を思い出した。

(あっ!まさか…)

『二人はよく同時に洗面器に顔入れるんだけど、そうしているとお腹の中で喋ってたこと思い出すって言うんだよ』

確かに勇輝はそう言っていた。幸一の鼓動が早くなった。

「拓斗、そこにある洗面器が見えるか?」

液晶がいつもより明るいおかげで、お風呂の中がうっすらと見渡せる。

「うん。シャワーのところの?」

「そうだ。ちょっと取ってきてくれ」

拓斗が湯船を出て洗面器を取り、幸一に渡す。

「拓斗、ちょっとそこで待っててくれ」

幸一は昔、勇輝とそうして遊んだように、洗面器をさかさまにして湯船の中に沈めた。そして自らも潜り、洗面器の中へ顔を入れた。
(この感覚だ、子供の頃に感じた感覚と、まったく同じだ…)

温かく優しいお湯、その中で息ができる。

(やっぱりここはお腹の中だ。今は、きっと…)

「おとうさん…、おとうさん」

どこからともなく声が聞こえてきた。水面からではない。どこか遠くのような、しかし、それでいてすぐ近くのような気もした。もちろん拓斗の声ではない。聞いたことのない声だが、幸一には誰の主がわかっていた。

「敬人か、敬人なんだろ」

実際に口には出さず、心の中で語りかけてみた。

「うん。そうだよ。おとうさん、ぼくね、たくとにいちゃんすきだよ。いじわるされたけど、ぼく、にいちゃんすきだよ」

幸一は涙が出そうになるのをこらえた。やっぱり、ここは宏美のお腹の中なんだ。

「敬人は優しい子だな。拓斗に直接言ってやってくれ」

「わかった」

幸一は洗面器を離して湯船から顔を出した。

「お父さん、どうしたの?」

拓斗が不思議そうに聞いてくる。

「拓斗、今お父さんがやったみたいに、湯船の中に潜って洗面器に顔を入れてみろ。洗面器はお父さんが持っておくから」

「え?お風呂の中だと息できないよ」

「大丈夫だ。洗面器の中は息できるから。それから、そこに敬人がいるから、話しておいで」

「お父さん、何言ってるの?」

「いいから、やってみて」

幸一は洗面器をさかさまにして湯船の中に入れた。

「この中に顔を入れるんだ」

「よくわかんないや」

拓斗は納得していない様子だったが、湯船に入って息を吸い込んで潜り、顔を洗面器に入れた。それからしばらくすると、パネル表示が『通話可』から『通話中』に変わった。

1分…2分…3分経っても拓斗は上がってこなかった。そして5分が過ぎた頃、表示が『通話終了』となり、拓斗が洗面器から顔を出して上がってきた。

「拓斗、どうだった?」

拓斗の顔はお湯と涙で濡れていた。

「おとう…さん。僕、話したよ。けいと…と、話し…たよ」

「そうか、なんて言ってた」

「ぼくの…こと、好きだって。一緒に遊びたいって…」

「そうか」

「それで、僕、あやま…った。けい…とにあやまったら、けいと…が、それでも…ぼく…おにいちゃん…好きだよ。って…」

そこまで言うと、拓斗はうわーんと大声で泣きだした。

お風呂の電気が点いて、いつものお風呂に戻る。パネルもいつものように『適温』と表示されていた。

幸一が大声で泣き続ける拓斗をなだめていると、お風呂のドアが開き宏美が入ってきた。

「拓斗どうしたの!大丈夫なの?」

宏美が興奮気味に幸一に聞く。

「うん。大丈夫だよ」

「そんなに大声で泣いて、幸一くん、何を言ったの?」

「泣かせたの、オレじゃないよ」

「オレじゃないって…じゃあ、誰なのよ!」

少しイライラした宏美のお腹を幸一は指差して言った。

「その子だよ」

「え?」

「だから、敬人だよ」

「幸一くん、何言ってるの?」

キョトンとする宏美を、幸一は笑顔で見ていた。

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

「おとうさーん、お風呂いこー!はやくー!」

幸一が帰るなり、拓斗が幸一の上着を脱がそうとする。

「拓斗ちょっと待って、すぐいくから、ちょっと待って」

幸一は上着を脱ぎネクタイを外して、宏美に手渡した。

「今日もずーっと待ってたんだよ。拓斗」

宏美が笑う。

あの日、拓斗が初めて敬人と話した日以来、拓斗は毎日のように敬人とお風呂で話していた。

「よし拓斗、お風呂に入ろう」

「うん」

二人でお風呂に入る。

「じゃあ拓斗、お願いして」

「うん。お風呂さん、今日も敬人とお話させてください!」

するとお風呂が真っ暗になり、パネルに『通話可』と表示される。

あの日以来、パネルにお願いするとこのような状態を作ってくれるようになっていた。パネルを『お風呂さん』と言い出したのは拓斗だ。

「お風呂にお願いするんだから、『パネルさん』じゃなくて『お風呂さん』でしょ?」

という拓斗の意見に、幸一は納得してしまった。

宏美も幸一から初めて説明を聞いたときは信じられない様子だったが、拓斗と敬人が話しているとき、お腹が少し暖かくなって、宏美もどこか幸せな気分になるらしい。そして何より、

「今はお母さんより僕の方が敬人と話してるよ」

そう言って笑う拓斗を見ると、疑うことなどできないということだった。

「お父さん、体洗ってていいよ。僕、一人でできるから」

拓斗は洗面器を一人で沈めて話せるようになっていた。

「そうか、じゃあそうするな」

「うん。けいともね、産まれたら僕がお風呂に入れてあげるんだ。昨日約束したんだ。おにいちゃんはどこからはなしてるの?って聞いてくるから、お風呂だよ。って言ったら、そこにいってみたいって。だから、僕がけいとをお風呂に入れるんだ」

「そうか、じゃあしっかり頼むぞ」

「うん」

拓斗が湯船に潜っていく。幸一が体を洗っていると、拓斗が慌てて湯船から出てきた。いつも5分以上話すのに、今日はやけに短い。

「どうした?」

「お父さん大変だ!けいと、明日産まれてくるって!」

予定日まであと10日あった。

「ほんとか?」

「うん。はやく僕とかお父さんとかお母さんに会いたくなったんだって!僕、お母さんに言ってくる!」

拓斗が裸のままお風呂を飛び出していった。幸一もさっと体を流し、バスタオルを腰に巻いてお風呂を出た。

「幸一くん。敬人、明日産まれるって?予定日まであと10日あるよ」

宏美がお腹をさする。

「そうだけど、多分、ほんとに産まれてくるよ。だって、お兄ちゃんが聞いたんだ。間違いない。な?」

幸一が拓斗の頭をなでた。

「うん。明日から僕、お兄ちゃんだ!」

「わかった。そのつもりにして準備しとくね。明日からしっかり頼むよ、お兄ちゃん」

宏美も笑顔で拓斗の頭をなでた。

「うん!」

(もし明日敬人が産まれてきたら、お風呂さんとは今日が最後になるのかな)

そう思うと幸一は少し寂しくなった。

「拓斗、お礼言いにいくぞ」

「だれに?」

「決まってるだろ?」

「あ!お風呂さんか」

幸一は拓斗をつれてお風呂に戻り、二人で湯船に入った。

「お風呂さん、今までありがとうございました。けいとといっぱい話せて仲良くなれました!」

拓斗がパネルに優しく触れた。

「お風呂さん本当にありがとう。お風呂さんのおかげて、二人は仲の良い兄弟になれそうです。ありがとうございました」

幸一も拓斗の手に重ねるようにしてパネルに触れた。すると、お湯の温度が一気に上がった。

「あつ!お父さん、お湯熱くない?」

「ほんとだな。なんでいきなり…」

幸一は温度を確認しようとパネルを見て、思わず笑ってしまった。

「お父さん、どうしたの?」

拓斗が不思議そうに幸一を見る。

「拓斗、お風呂さんも嬉しいみたいだよ」

パネルには『照』と表示されていた。

おわりに

応募用に短編小説を書きました。

小説投稿サイトで募集されている「お風呂のしあわせ」をテーマにした短編小説のコンテストに応募するために書いた小説です。「超・妄想コンテスト」ですので結構な妄想をしてみました(笑)

今回も最後まで読んでくださりありがとうございました。

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