短編小説シリーズ【歩牛灯】


今回のお話

今回は読み切りの短編小説、【歩牛灯】を書いてみました!

歩牛灯

(あれ?こんなところに喫茶店あったっけ?)

会社から、いつもの帰り道。平田流星はふと見つけた喫茶店に何となく立ち寄った。

お店の名前は「歩牛灯」

変わった名前だなと思いながら流星は中へ入った。

店の中はうす暗く、落ち着いた雰囲気だった。

外からはわからなかったが、お店の中はそこそこの広さで、2人掛け、4人掛けのテーブルが合計で10程度と、カウンター席があった。

テーブルはほぼ満席状態だったので、流星はカウンターの一番奥へ案内された。

(仕事帰りのこの時間に喫茶店が満席というのも珍しいな)

そう思いながら案内された席に座る。

(なにか、不思議な感じがする)

流星は席につき違和感を感じていた。いや、正確には店に入った瞬間から感じていた。

「ご来店、初めてでいらっしゃいますよね?」

髭を蓄えたダンディーなマスターが尋ねる。

「はい」

「当店にメニューはございません。こちらが考えた物をお客様にお出しするシステムになっています」

そう、まずはメニューだ。座ったカウンター席にも、お店のどこにもメニューがないのだ。

「それから、1つだけルールがあります。それは、」

一旦話を区切りマスターが目配せしたので、流星は店の中をもう一度見渡した。

「お客様同士の会話は一切禁止となっております。たとえお知り合いでもです」

そうなのだ。この店は客で溢れているのに、会話が一切聞こえてこないのだ。

改めて客の様子を見た。ほとんどの人が目を閉じている。そして、その中には静かに笑っている人、また、涙を流している人もいた。

会話がないことも不自然だが、それよりも、各々の客の振る舞いに違和感を感じた。

「それさえお守りくだされば結構です。それでは、今日はお飲物をお出ししますので、少々お待ち下さい」

注文ができない以上言われた通り待つしかない。しばらくすると、オレンジジュースが運ばれてきた。

「これは、オレンジジュースですか?」

「はい。当店オリジナルのオレンジジュースとなっております」

(コーヒーがほしかったんだけど、仕方ないか)

出されたオレンジジュースを一口飲む。

(これは。。。)

一口飲んだ瞬間に、口の中いっぱいに甘みが広がった。よく知っている甘さだ。

流星は子供のころ、甘い飲み物が大好きでオレンジジュースにさらに砂糖を入れて飲んでいたが、まさにそのときの甘さだった。

(甘くしすぎてよく怒られたっけ、懐かしいな)

そう思い自然と目を閉じた。その時である。

「流星!そんなに甘くしたらダメでしょ!!」

「だって、ぜんぜん甘くないんだもん!!」

「甘いのばかりだと体に悪いの!!何回も言わせないで!!」

「だって、おいしくないんだもんー」

(これは、なんだ??)

頭の中に、子供の頃の自分と母親のやり取りが出てきた。しかも鮮明にだ。

目を開けると元の喫茶店の風景に戻る。しかし、またオレンジジュースを飲んで目を閉じると、過去の記憶のフラッシュバックが鮮明に始まるのだった。

「ご馳走様でした」

オレンジジュースを飲みほし、流星はそう言った。

結局、かなりの時間をかけて過去の記憶に耽っていたように思う。

「いくらでしょうか?」

「いえ、お代は結構です」

「え?でもそれじゃあ」

「本当にいいんです。こちらが好きなものをお出ししてるんで、お代はいただいておりません。その代わり、また必ずいらしてくださいね。お待ちしております」

申し訳ない気がしたが、お言葉に甘えお金を払わずに店を出た。

それから毎日のように歩牛灯に通ったが、マスターは毎回違うものを出してくれた。

小学生時代の給食の牛乳、誕生日の時のケーキ。

また子供の頃、自分で作った劇的にまずいカレーや、いろいろなスポーツドリンクの粉末を混ぜて作ったよくわからない味のスポーツドリンクまで。

自分しか知らないようなものも出してくれた。

そして、それを飲んだり食べたりして目を閉じると、例外なくそのころの記憶が鮮明にフラッシュバックされるのだった。

何日か通っているうちに気付いたことが2つあった。

まず1点目。お店で出されるものだ。これは飲みものや食べものが出てくるのだが、必ず自分の成長の順番に出てくる。

つまり、小学校の時に食べたり飲んだりしていたものの次に、中学校時代のものが出てくる。この順番が逆転することはない。

2点目。来ている客が同じメンバーなのだ。みんな同じ席に座っているからよくわかった。

ただ、ずっと同じという訳ではなく、来なくなる客もいる。そして来なくなった人をこのお店で見ることはなかった。

新しく来る客もいた。新しく来た人は、その日からずっとお店にい続けている。まあ、これは自分もそうだ。

一回ここへ来てしまうと、不思議と来なければいけないような気持ちになる。

このお店は、そんな不思議なお店だった。


「ほんとにあるの?そんなお店?」

彼女のミサが不思議そうに聞く。

「ほんとにあるんだよ。最近ずっと通っててさ、ほんとに不思議なお店なんだ」

ミサに歩牛灯の話をすると是非行ってみたいということだったので、僕たちは二人で向かっていた。

「そこだよ。そこ曲がったところに、、、」

「何もないですけど」

昨日まで間違いなく歩牛灯があった場所は、空き地になっていた。

(どうなってる?)

「あれ、おかしいな。間違いなくここなんだ」

間違えるはずがない、毎日のように通ったのだ。

「つぶれたんじゃないの?」

昨日も行ったんだ。店を畳んだとしても、次の日に跡形もなくなっているのはおかしい。

「そんなはず、、、ない」

「夢でも見てたんじゃない?とりあえず、もうないんだからさ、ご飯の前に、お儀母さんの病院いこうよ」

僕はその場所に狐につままれたような気持ちで立ちつくしていた。

(夢、だったのか。いや、それにしては鮮明すぎる。そんなはず、ない)

「ウー!!カン!カン!カン!ウー、、、」

近くを通る消防車の音で我に返った。

「大丈夫?心、ここにあらずって感じだけど?お儀母さんの病院は?」

母親は末期のガンで入院していた。医者から余命半年という宣告を受けてから1ヵ月が経とうとしていたが、ここ最近は元気だった。

「うん。行こうか」

「行こう。最近、火事多いよね。寒くなったからかな」

「そうだな」

遠ざかっていくサイレンの音を聞きながら、明日、もう一度ここへこようと決めた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「母さん、調子どう?」

病室に入り聞く。母の弟である健二おじさんもきていた。

「今日はいいんだよ。あら?ミサちゃんも一緒だね。ありがとうね」

「お儀母さん、調子よさそうで何よりです」

「姉さん、今日は少しご飯も食べたみたいなんだ。で、今から眠ろうとしていたところなんで、僕はそろそろ帰ろうと思っていたところでね」

健二おじさんがそう言った。

「そうなんだ。母さん、じゃあ僕たちも帰るよ」

「来たばっかりじゃない」

「明日も来るから、今日はゆっくり休んで」

「そうかい、せっかく来てもらったのに悪いね。ミサちゃんもありがとうね」

「いえ、また来ます。それでは、今日は失礼します」

僕たちは病室を後にした。

「あまりよくないらしい」

帰り際、健二おじさんが教えてくれた。

「流星にも説明があると思うけど、あと、持って3ヵ月みたいだ」

(そうなのか)

お見舞いに行ったとき、今日のように元気な母を見ると奇跡を信じたくなるが、現実はそんなに甘くないらしい。

「流星」

心配そうにミサが僕を見る。

「今日は流星の家に泊まるね」

幼い時に両親が離婚したため、実質僕は母親一人に育てられた。母が入院してからは実家で一人暮らしの状態になっている。

それを気遣ってだろう。僕が一人で落ち込みそうなときはミサが家にきてくれた。

「ミサ、ありがとう」

心の底からそう言った。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

(やっぱり、あるじゃないか、どうなってる)

次の日、会社が終わりすぐに同じ場所にくると、今日はその場所に歩牛灯があった。

中へ入る。いつもの席に座る。周りもいつもの顔ぶれだ。

「今日は飲み物です。少々お持ちください」

そう言ってカウンターの奥へ下がろうとするマスターを呼びとめた。

「すみません。昨日、お店やってました?昨日、来たんです。彼女と。でも、その、お店がなくて。すみません。おかしなこと言って」

自分でも何を言ってるかわからなかった。

「このお店に入るにはね、条件があるんですよ。その条件を満たしていない人と来た場合、見えないこともあるかもしれませんね」

にっこり笑いながらマスターはそう言って、奥へと消えていった。

(なんだよ。条件って)

マスターが飲み物を持って奥から出てきた。

「すみません。その条件って?」

「そのうちお分かりになりますよ。今日はビールです」

350mlの缶ビールがそのまま目の前に置かれた。今はもう発売していない銘柄のビールだった。

(このビール、高校の卒業式のあとコンビニで買ってみんなで飲んだビールだ)

ビールを飲んで目を閉じる。フラフラになった僕たちが警察に連行される姿が鮮明に浮かんだ。

(そうだった。このときはいろんな人に迷惑かけたなぁ)

気付くと笑っていたようだ。

「その飲み物の記憶、楽しそうですね」

マスターが優しく話しかけてくる。目を開けてマスターを見る。

「ええ、とっても。迷惑かけたんですけどね」

そう言って、また笑った。

「ゆっくり、ゆっくり、時間をかけて感じてくださいね」

「はい、ありがとうございます。でも、やっぱり気になるな。条件って、、、」

そのとき、お店の入り口が開く音がした。

「いらっしゃいませ」

マスターが入口に向かって声をかける。

何気に入口を見ると、入ってきたのは母親だった。

(あれ?昨日は確かに元気だったけど、外出許可が出たのかな?)

「かあさ・・・」

声をかけようとしたが、声が出ない。お客同士で話してはいけないというルールだったが、話そうとすると声が出なくなるらしい。

母親はカウンターとは反対のテーブルに案内された。自分には気付いていないようだった。

戻ってきたマスターに聞く。

「今のお客、母親なんです。それでも話したらダメですか?」

「すみません。ルールですので」

(店の中だとダメだけど、外ならいいはずだ。母親がこの店に入ってきたということは、この店に入る条件について何か知ってるかもしれない。外で待っていよう)

残りのビールを飲み、僕は外で待つことにした。

店を出る。またサイレンの音が聞こえる。ここ最近、本当に火事が多い。

さて、何して時間をつぶそうかと考えていた時、携帯が鳴った。健二おじさんからだった。

「もしもし、おじさん」

「流星!今どこにいる!ずっと電話繋がらないから何回もかけたんだぞ!」

繋がらない?そうか、あのお店では電源を入れておいても電話はかからないんだ。

「ごめん、ちょっと電波悪くて。今、会社の近くで、どうしたの?」

「姉さんの様態が急変した!早く病院まで来てくれ!!」

(急変?そんなはずない。今、店の中にいるんだから)

「おじさん、何言ってるの?実は母さんと同じお店にいたんだ。喫茶店なんだけど、ちょっと事情があって話せなくて。今、、、」

目の前の光景を見て、僕は言葉を失った。

「何わけのわからないことを言ってるんだ!早く病院まできなさい!!流星?おい!聞いてるのか?流星!!」

目の前には、空き地が広がっていた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

医者の話は残酷だった。もう、いつでもおかしくないとのことで、もってあと1ヵ月ということだった。

目の前の母親の意識はなかったが、一度も戻らないまま亡くなる可能性もあるということだった。

「おじさん」

「流星、姉さんはよく頑張った。もう、楽に眠ってくれと思うようになってきた。おれも耐えられなくなってきてる」

おじさんは泣いていた。ほんとなら僕も泣いてたと思う。しかし、僕にはどうしても解せなかった。

(歩牛灯に入ってきたのは母さんだ。間違いない。今日、初めて母さんは店にきた。でも、ここにいるのも母さんだ。店に入れる条件って、、、)

考えた。何か、わかりそうな気がした。

(僕が歩牛灯に通い出して2週間程度だ。今、歩牛灯で見ている記憶は、僕の年齢の丁度半分くらい。母さんの余命は1カ月、1カ月の半分、2週間で僕は人生の半分を振り返ったところ、、、半分、、、2週間で人生の半分、、、半分!!)

頭を撃ち抜かれたような衝撃だった。

(なるほどね。だから歩牛灯か)

「健二おじさん、悪いけど今日はもう帰るね。ちょっと、考えたい」

「流星、一人じゃないぞ、おじさんもいるからな」

「ありがとう、おじさん」

おじさんは心配そうに僕を見ていたが、僕はおじさんの心配とはまったく関係ないところについて考えようとしていた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

歩牛灯に入る。いつもの席に座る。母の姿もあったが、今日はいつも隣に座っているお婆さんがきていなかった。おそらく、もう二度と来ることはないだろう。

「マスター、僕、わかったかもしれません」

「そうですか」

「みんな、死んじゃうんですね。ここにいる人、みんな」

マスターの目をじっと見た。マスターは小さく頷いて話し始めた。

「人は遅かれ早かれ、みんな死にます。長生きする人、早死にする人、努力した人、何となく生きた人。様々ですが、必ず、平等に死は訪れます」

僕も小さく頷いた

「人は死ぬとき、それまでの人生を走馬灯のように見ます。でもね、それっておかしくないですか?人生は人それぞれで、色々な形がある。でも、死ぬまで一生懸命生きてきたことには変わりはない。だから、死の直前に一瞬だけしか全力で生きた人生を振り返れないなんて、おかしいと思いませんか?私はね、時間をかけてゆっくり、これまでの人生を振り返っていただきたいんです

(残念ながら、予想は当たっていたようだ)

「その期間が、1か月ですか?」

「そうです。1か月かけて、ゆっくり振り返っていただきたい。お察しの通りです。ここに来店された方は余命が1か月の方なんですよ。そして、1か月で人生を振り返り、お亡くなりになられていきます。だから、歩牛灯なんです。走馬灯なんて、とんでもない

(全て思った通りだ。でも、わからないことがある)

「僕は、どうやって死ぬんですか?母は余命を宣告されてるけど、僕はピンピンしてますよ」

まだ自分が死ぬ実感を持てなかった。

「それは、私にもわかりません。ただ言えることは、病気や事故、いかなる理由でも、来店された方は、その日から1か月でお亡くなりになられます。その運命は変えれません。そして、病気などで意識がない方の場合、魂が来店されます。お母さんがそのパターンです」

背後の席の母を見た。飲み物をゆっくり口に運び、目を閉じていた。

「そうですか。母は、この店に来た理由に気づいてますか?」

「わかりません。ただ、魂で来店された方は、気づくのが早い傾向があります」

「話せないのはわかってます。でも、僕が母の目の前に行くと、母は僕を認識できますか?」

もう一度背後の母を見た。母は目を閉じて笑っていた。

「それはできます。ただ、同時に息子さんの死も悟ることになります。そうなると、人生を振り返るに当たり支障が出ます」

そうだ。母はこれまで生きてきた人生を振り返り初めている。そこには当然自分も出てきているだろう。わざわざ息子の死を知らせて悲しませる必要はない。

「よくわかりました」

「ご判断はお任せします。今日はジントニックですよ」

どんどん出されるものが今の自分に近づいてきている。そうだ。僕は後2週間で死ぬのだ。

(お酒を出されて怖いと思ったのは初めてだな)

僕はジントニックを飲んで目を閉じた。


「ミサ、そこに座って」

歩牛灯に通い初めて明日で1か月。リミットだった。

「どうしたの流星?高そうなワインもあるし」

今日はミサを家に呼んだ。テーブルにワイン、そして生ハム、チーズなどを用意した。

「ミサ、僕は君が好きだ。これまで出会った誰よりも。生まれて初めて、一生を共に過ごしたいと思える人に出会えた。君は僕が、」

「ちょっと待って!!プロポーズ?今日そんなテンションできてないよ。気持ちは嬉しいけど、今お儀母さんも大変な時だしさ」

「ミサ、違うんだ。聞いてほしい。もう、うまく伝えられないから短刀直入に言う。僕の人生の最後の1ページになってほしい。これは、僕のわがままだ。だけど、人生で一番愛した人を最後の1ページにしたい」

「それ、プロポーズ?」

ミサが首をかしげる。

「違うと思う。いや、そうかもしれない。自分でもよくわからないんだ。ただ、OKがほしい

無茶苦茶だなと自分で思った。

「わかりました。よくわからないけどわかりました。私を人生の最後の1ページにしてください」

「ミサ、ありがとう」

「どういたしまして。でも、次、ちゃんとやり直しがあると期待してます

そう言って、ペロっと舌を出して笑うミサ。

(この笑顔にもう会えなくなるんだな)

涙が出そうになったが、堪えて用意していた手紙を渡した。

「手紙?」

「今は読まないで。数日経ってから読んでほしい。大した内容じゃないから」

「ふーん。そうなんだ。わかった」

疑問があっても多くを追求してこない。ミサはそういう娘だ。

「じゃあ、ミサがOKくれたし乾杯しよう!」

「よくわからない乾杯だけどね」

僕たちはグラスを合わせた。グラスのなる音が心地よい。ワインを一口飲んだ。美味しかった。これまで飲んだどんなワインよりも。やはり最後のワインだから、特別なのかもしれない。

そして、この夜が本当に僕の最後の1ページとなった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「今日はワインになります」

マスターがワインを出してくれた。昨日と同じワインだった。ミサとのやりとりが鮮明に浮かんできた。

(これで、終わりだ)

「マスター今までありがとうございました。お陰で十分に人生を振り返れました」

ワインを飲み干し、そう言った。

「そう言っていただけて、何よりです」

ただ、まだやることがあった。

「母に、やっぱり母に会います」

考えた結果、やっぱり母に会うことにした。

「わかりました。止めません」

そして僕は、母が座っているテーブルの前の席に座った。母は僕を見るなり、驚きの表情を見せ、必死に言葉を発していた。声は出ないが

「なぜあなたがここにいるの?なぜあなたが死ぬの?」

と言った類のことだろう。母は号泣していたが口の動きでなんとなくわかった。そして、僕もありったけの想いを伝えた。

「母さん、産んでくれてありがとう。一生懸命育ててくれてありがとう。でも、何にもしてあげれずにごめん。いっぱい、いっぱい親孝行したかったのに、何もできずに本当にごめん」

僕も泣いていた。言葉は出なかったが、力いっぱい口を動かした。思いは伝わったと思う。

「どうして、どうしてあなたが」

母の口はそんな風に動いていた。でも、それは僕にもわからないのだ。

「母さん、何か健二おじさんに伝えておくことある?もう、今しかないよ、今なら僕がまだ伝えれる。母さん、多分もう意識が戻らないよ

僕の口の動きが伝ったらしい。母はゆっくりとした口の動きで僕に健二おじさんへの言付けを頼んだ。

「わかったよ。しっかり伝える。じゃあ僕、先に出るね。先に、待ってる。じゃあね、母さん」

母はテーブルに突っ伏して泣いていた。

「マスター、この1か月本当にありがとうございました

「とんでもございません。では、お気をつけて」

出口に向かう。店を出るときいつも背中から聞こえてきていた「またお待ちしております」というマスターの言葉が、今日は聞こえてこなかった。

(くそ、つながらない)

店を出ておじさんに電話したが繋がらなかった。病院にもいないようだ。自分もいつまで生きられるかわからない。

(直接話したかったけど、仕方ない)

僕は母からの言付けをおじさんにメールした。

(これで、やり残したことはないな)

やりたいことなどまだまだたくさんあったが、自分にそう言い聞かせ、帰路に着いた。

「ミサ?」

家の前にミサがいた。

「電話してもつながらないから待ってたの。何よ。あの手紙。俺以外の人と幸せになってって。バカじゃないの?とにかく、今日も泊まるから」

(今日、僕と一緒にいたらダメだ。多分、僕は今日死ぬ)

「ミサ、今日は帰ってくれ、今日は、大変なことが・・・

そこまで言って考えた。マスターが言っていた。「運命は変えれない」僕が死ぬ運命を変えれないなら、ミサが死なない運命も変わらないんじゃないのか。だって、ミサは歩牛灯にいなかったんだから。僕は決心した。

「わかった。ミサ。泊まっていってくれ。来てくれてありがとう」

二人で家に入り、2階にある僕の部屋へ入った。

「あのさ、私のこと嫌になったの?それならそれでちゃんと言ってよね。よく分からないプロポーズもするし、本当に、何考えてんだか。え?流星、何で泣いてるの?」

いろんな感情が混ざって、涙となってこぼれ落ちていたようだ。

「流星、どうしたの?」

僕はミサを抱きしめた。

「一緒にいてほしい。怖いんだ。怖いんだよ」

「わかった、一緒にいるよ。こんなに震えちゃって。もう、何も聞かないから」

ミサを抱きしめたまま、僕はグッタリと横になった。自分の死について考えることが多く、疲れ切っていた。

「寝ちゃっていいよ。私、ずっと横にいるから」

僕はそのまま目を閉じた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「・・・せい、流星!大変だよ!火事だよ!!」

気付いた時には煙が部屋に充満していた。そして、凄い熱気だった。部屋を出る。廊下も煙で充満している。一階はもう火の海になっているようだ。

(飛び降りるしかない)

「ミサ、部屋の窓から飛び降りるぞ。もう玄関からは出れない。大丈夫。僕も一緒に飛び降りる」

「わかった」

ミサも意を決した顔だった。家の中からいろんな部分が壊れる音が聞こえた。もう時間がない。

「飛び降りるぞ!」

二人で飛び降りた。それほどの高さはないので、着地でバランスを崩したが二人とも無事だった。

「よし!逃げるぞ!」

走り出そうとした時、目の前が爆発した。炎と一緒に色々なものが飛んできた。そして、瓦礫が胸を貫く感覚があった。

「りゅうせい」

ミサが僕を呼ぶ声が遠くで聞こえた気がした。意識を失う直線、これまでの人生を走馬灯のように振り返ることはなかった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「おじさん、こんにちは」

ミサは流星の母の病室に来ていた。

「あれ?ミサちゃん来てたのかい。もう大丈夫なのかい」

流星が死んで2週間が経とうとしていた。このところ近隣で立て続けに起こっていた火事は放火で、流星の家の火事もその犯人の仕業だった。そして昨日、その犯人が捕まっていた。

「大丈夫じゃないって言えば嘘になりますけど、おじさんに聞きたいことがあって、ここにいれば会えるかなと思って」

「聞きたいこと?」

「はい。流星のことです。少し落ち着いたから色々考えたんですけど、おかしいんですよ。流星、死ぬ前に、私に最後の1ページになってくれ。とか、他の誰かと幸せになってくれ。とか言ったんです。その時は不思議なこと言うなと思ってたんですけど、今考えたら、もしかすると流星、自分が死ぬこと知ってたんじゃないかなと思うんです。火事のあった日、流星、凄く震えてたんです。多分、死ぬことがわかってたから、怖かったんじゃないかと思うんです。おじさん、何か知ってますか?

「そうなのか。実はね、おじさんにも不思議なことがあったんだよ。実は僕にはね、佳菜美っていう娘がいるんだよ」

おじさんは流星の母の顔を見て、話をつづけた。

「娘がまだ高校の時に、子供ができてね。卒業したら産んで結婚するって言うんだ。もちろん、大反対したさ。そんなの許せるはずがないってね。大げんかさ。結局、娘は家を出て男と一緒になったよ。妻がいれば相談もできたんだけど、妻を早くに亡くしてしまっててね。僕には頭ごなしに反対することしかできなかった」

ミサは静かに聞いていた。

「出ていったあとも音信不通さ。連絡先もわからない。あんな親不孝な娘どうなったって知るもんかと思っていたけど、やっぱり心のどこかでは気にかけていてね。心配しない日はなくてね、何年も経った今でも、やっぱり心配なんだ。それが、この前ね、

そう言って携帯を差し出し、メールを見せてくれた。メールは流星からで、日付は2週間前だった。そしてメールにはおじさんの娘のことが書かれていた。

「娘はね、姉さんとはずっと連絡を取ってたみたいなんだ。子供も元気で、家族三人とても幸せなようだ。そして、僕にずっと謝りたいって言ってたそうだ。姉さんが、今幸せな姿を見せてあげたら、きっと僕が許してくれるって娘に言ってたみたいでね。でも、娘もなかなか踏ん切りがつかなったようだ。姉さんから僕に言おうともしたらしいけど、それは娘が止めたみたいだ。いつか、必ず自分で言うからってね。でもね、メールの最後見て

ミサはメールの最後を見た。文面は以下だった

「おじさん、これ母さんのスマートフォンロック解除のパスワードね:○○○○。で、写真のフォルダに娘さんの家族写真が何枚か入ってるから見てって。これ見たらおじさん納得するからって。母さん、お互いが意地はってるからもう見てられないって。写真見て、おじさんから連絡してあげなよ。娘さんの連絡先、これね。○○○-○○○○-○○○○。おじさん、いつまでも意地はってちゃダメだよ!! 流星」

「実際に写真を見たんだけど、家族三人、幸せそうな写真が何枚もあってね。おじさん、涙が出てきたよ。こんなに立派なお母さんになったんだってね」

おじさんは涙ぐんでいた。

「でも、流星も娘さんと連絡取ってたんですね」

おじさんは大きく首を横に振った

「いや、そんなはずはない。自分に従姉妹がいることは知ってるが、仲が良かった訳でもないし、今どこで何をしているかなど知らないはずだ」

ミサも流星からおじさんの娘の話を聞いたことはなかった。

「それよりも、内容だよ。まるで、姉さんと話してきたみたいじゃないか。これ、まるで姉さんから僕への言付けだ。でも、姉さんはあれから一度も意識が戻ってない。なぜ、こんなことができるんだろう」

おじさんはじっとお儀母さんを見つめた。

「姉さん、流星と話したのかい?」

すると、お儀母さん顔が少し動き、笑ったような表情になった。

「姉さん?姉さん!!」

「お儀母さん、今、笑いましたよね」

「姉さん!やっぱり流星と話したんだな。姉さん、流星から聞いたよ!ありがとう!ありがう姉さん!実は、姉さんが危篤だってことも伝えたかったから、佳菜美に連絡したんだ。佳菜美、今日にもここに来てくれるよ。姉さん、佳菜美が来るまで頑張ってくれ。一緒にお礼が言いたいんだ。佳菜美と仲直りもできた。お互い素直になれたよ。姉さんと流星のおかげだよ!

おじさんは泣きながらそう言った。

「お儀母さん、良い顔されてますね、やっぱり、流星と話したんですね」

「きっとそうなんだろうな。でも、一体どこでだろう。姉さん、どこで流星と話したんだい?」

おじさんが優しくお儀母さんに問いかける。

「わかりませんけど、きっと、そこは素敵な場所なんでしょうね。とっても素敵な場所のような気がします。お儀母さん、流星、ちゃんと伝えましたよ」

窓から差し込む日に照らされた儀母の顔が、さらに優しく笑ったように見えた。

おわりに

短編小説を書いてみました。

実はこれ、小説投稿サイトで募集されている「お気に入りのあの店」をテーマにした短編小説のコンテストに応募するために書いた小説なのですが、指定の文字数が8000文字以下なのに、11000字を超えてしまった^^;

応募する際はもうちょっと話を短くしようと思います。

小説を書いている方に教えていただいたコンテストで、知り合いの小説書きの方も応募されるようです。「誰かが賞金をとったら、その人はそのお金でみんなにご馳走する」

という約束なので、その飲み会が実現すればブログで紹介したいと思います(笑)

今回も最後まで読んでくださりありがとうございました。

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