今回はブログ小説【デリートマン】の続きを書いていこうと思います。前の話はこちら↓
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ブログ小説【デリートマン】⑥
デリートマンの葛藤①
「ゆうくん、今日は門脇さんとだよね?何時くらいになりそう?」
木岡京子は玄関で靴を履く夫の背中に声をかけた。
「土曜だから仕事は早く終わらせる。そのあと課長と二人だからそんなに遅くはならないと思うけど、ごめんな。最近土曜日仕事続きで」
「いいのよ。私たちのために頑張ってくれてるんだから」
普段は土日が休みなのだが、ここ最近仕事が忙しく、木岡裕也は今日で4週連続の土曜出勤だった。さすがに無理をさせて悪いと思ったのか、上司の門脇が気を使ってくれて、今日は仕事終わりに門脇が飲みにつれて行ってくれることになっていた。
「パーパー!いってらっしゃーい!」
5歳になる娘の美菜が全速力で玄関へ走り、木岡へ抱きつく。
「みな、抱きついちゃったらパパいってらっしゃいできないでしょ」
「だってー」
「美菜、パパできるだけ早く帰ってくるから、ママと待っててな」
「パーパー、早くだよぉ」
結婚して3年目で子供ができた。子供ができるまでは京子も働いていたが、出産と同時に京子は仕事を辞めた。子供ができたら、ずっと一緒にいてあげたいという本人の希望だった。木岡は子育て、仕事など、すべてにおいて京子の希望を最優先した。
「来年から美菜も小学生になってちょっと時間に余裕ができるし、在宅で何か仕事始めようかな」
と京子が言ったときも、木岡は率先して仕事を探した。木岡裕也は、自分の思いよりも妻の思いを必ず優先する。そういう男だった。
「じゃあ、行ってくる」
「気をつけてね」
「パーパー、いってらっしゃーい」
木岡が玄関を出て行く。夫を見送りながら、
(この人が夫で幸せだな)
と京子は思うのだった。しかし、そう思うと同時に物足りなさを感じるのも事実であった。
京子は東京へ出てくるとき、「必ず東京で成功してやる」という野心を持って出てきた。いわゆるセレブ妻になって、成功し、誰もが羨む都会の人間になり、田舎には二度と帰らない。そういう思いがあった。
今の生活に不満があるわけではない。幸せだと思う。ただ、自分が思い描いていた幸せと、今の幸せは形がちがう。考えないようにしているつもりだが、はやり心のどこかにその思いはあった。もし、セレブ妻になる夢をあきらめてなければ…
(ダメだ。こんなに幸せなのに何を考えてるんだ私は)
洗面所へ行き鏡をみる。
(ねぇあなた。これ以上を望んだらバチがあたるよ)
鏡に映る自分にそう言った。でも、鏡の中の自分は納得していないように見えた。
「マーマー、リンリンー!」
気づけば電話が鳴っていた。
「ごめん、すぐいくね!」
そう言って京子は電話の方へ駆けだした。
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目が覚めると朝の9時過ぎだった。何時に寝てしまったのかは覚えてないが、しっかり眠れた気がする。
(凄いな、人間の体ってのは)
めちゃくちゃな精神状態でもしっかり眠れていることに、おれは驚いた。
何回、謝っただろう。スマートフォンに向かって、堀越信也が消えた0時すぎから、おれは何度も何度も謝った。そんなことをしても堀越がもう帰ってくることはない。それでも、おれは呪文のように謝罪の言葉を繰り返した。
堀越信也と話したのは数分だ。でも、声のトーン、話し方だけだが田坂は堀越に悪い印象を持たなかった。
(悪い人ではない)
そういう印象を瞬時に持った。そして、最後に堀越が言おうとしたこと。
「これからは…」
おそらく続くのは、京子を思う言葉だろう。堀越は、妻が見えていなかった自分に気づいていた。自分のことしか考えない愚かな男ではなかった。これからは自分の間違いに気づいて、京子に対してしっかり向き合ったかもしれない。京子の幸せは、これからだったのかもしれない。
(それを、オレが、、、オレは、なんてことを…)
何も考えたくなかった、何が正しいのかわからなくなり、ベッドに突っ伏した。そしてそのまま、眠りに落ちていたようだ。スマートフォンを手に取り、堀越京子の連絡先を探すが、やはり消えていた。
(現実なんだな)
理解してはいたが、どこかで堀越を消してしまった事実が夢であってほしいという思いがあった。
(状況を整理しよう)
おれはまだ堀越を消してしまった現実を受け入れることができすにいたが、今の世界は変わっているはずだ。状況がどう変わったのか、自分の考え通りになっているのか、確認することにした。
まず、堀越京子の連絡先が消えていた。ということは、堀越信也のいない過去では、おれは京子と再会しなかったと考えることができる。しかし、
(こっちの連絡先は消えているはずがない)
そう思って一人の連絡先を探す。すぐに見つかった。
「木岡裕也」
そう、大学の先輩である木岡と堀越は直接関係があるわけではないので、自分と木岡の関係が変わることはないと思っていたが、その通りだったようだ。しかし、電話番号が二つ登録されている。一つは携帯電話。もう一つはおそらく固定電話だ。042から始まる番号だった。
木岡と京子は都内で一緒に暮らしていたはずだが、田坂の知る限り固定電話はなかった。あっても市外局番が違う。ただ、二人が結婚していれば、東京郊外に新居を構え、そこに固定電話を引いたというのは十分考えられる。
しかし、木岡と京子が結婚しているとは限らない。他の誰かかもしれない。もしかすると、誰とも結婚していないかもしれない。確かめないことにはどうにもわからなかった。初めは、木岡の携帯へ連絡してみたが繋がらなかった。しばらく待ってみようかとも思ったが、おれは状況を一刻も早く理解したかった。
(固定電話へかけてみよう)
そう思った。誰が出るかはわからないし、誰も出ないかもしれないが、もし出る人がいたなら、それは木岡の妻という可能性が高い。まったく知らない人が出たとして、木岡の大学の後輩であることを告げれば問題ない。
しかし、おれは京子が電話に出てくれることを願った。二人が結婚しててくれないと、自分はなんのために堀越を消したのかわからなくなる。祈るような気持ちで電話をかける。呼び出し音が鳴る。
(頼む、京子さん出てくれ…)
6回、7回とコールされるが誰も出ない。
(だれも出てくれないか)
あきらめかけて電話を切ろうとしたときだった。
「はい、もしもし」
とスマートフォンから声が聞こえてきた。
そしてそれは、自分の知ってる、自分が心から望んでいた声だった。
「京子さん!田坂です」
興奮や安堵、他にもいろんな感情が混ざって、おかしな声になっていた。
「田坂くん、電話番号登録してるから名乗らなくてもわかるよ。こっちにかけてくるのめずらしいね。どうしたの?」
「いや、あの、京子さん…」
嬉しかった。自分の知っている優しい京子の声だった。そして、「木岡裕也」と登録してある連絡先にかけて京子につながったことが、何よりもうれしかった。
「田坂くん、泣いてる?どうしたの?」
嬉しさのあまり涙が出ていたらしい。
「嬉しくて…」
言葉が続かない。
「何が嬉しいの?田坂くん、今日ちょっと変だね。」
(昨日も京子さんにそう言われたな)
そう思うと、おかしくなって笑いそうになった。泣いたり笑ったり、大変だなと自分で思う。
「すみません。こっちの話です。京子さん、木岡さんいらっしゃいます?」
木岡の声が聞きたかった。
「ゆうくん今日仕事なのよ、最近土曜日仕事の日が多くて。今日は仕事終わってから上司とご飯行く予定だから、遅くなるんじゃないかな。そんなに遅くならないようにするとは言ってたけど。なんか用事だった?」
木岡の声は聞けなかったが、元気そうでとりあえずは一安心だ。ただ、知りたいことが山ほどある。とても明日まで待てそうにない。
「京子さん、突然ですが今日ってお時間あったりします?少し聞きたいことがありまして」
自分の知りたいことは、京子からすればあたりまえのことばかりで、当然、おれも知っているはずのことだ。なので、質問すればするほど「今日変だね」と言われそうな気がしたが、昨日からずっと言われ続けているので、もう気にしないことにした。
「今日は特に予定ないから家のことするだけだけど、美菜がいるし、外へは出れないかな。そうだ、もし田坂くんがよかったらこっちくる?美菜も田坂くんのこと好きだし、ゆうくんも久しぶりに田坂くんと飲みたいって言ってたし、10時までには帰ってくるんじゃないかな。課長と二人で早くから飲みに行くみたいだし、田坂くんが来てるっていえば早く帰ってくると思う。田坂くんが明日予定なければ、そのまま泊っていってくれてもいいし」
いろいろとわからなかった。まず、美菜とはおそらく話の流れから、木岡と京子の子供だろう。そして
「美菜も田坂くんのことが好き」
ということから、自分も美菜とは面識があるらしい。また、会話の雰囲気から、自分は何回も木岡と京子のところへ遊びにいってるようだ。おそらく、何度も泊らせてもらっているのだろう。なんてあつかましい奴なんだと自分で自分のことを思った。
しかし、そうしてもらえるのであればありがたい。現在の状況を確認できるし、なにより、木岡、京子と3人で飲めるというのが夢のようだった。昨日までなら、絶対に叶わなかったことだ。
「そうしてもらえるならありがたいんですが、迷惑じゃないですか?」
「ぜんぜん、田坂くん身内みたいなもんだし。ていうかおかしい。いつもそんな気、使わないのにね」といって京子が笑った。
どうやら京子の知ってる自分は、自分で想像している以上にあつかましい人間らしい。そうと分かれば、あまり気を使わない方がいい。
京子からすれば、「なんでそんなこと今更聞くの?」という質問ばかり聞かれることになるのだ。極力、ギャップはなくして振る舞ったほうがいいだろう。
「それでは、お言葉に甘えさせていただきます。何時ごろが都合良いでしょうか?」
「そうねぇ。7時くらいはどう?なんか作って待っとくよ。田坂くんの話?質問?聞きながらゆうくん待とうか」
反射的に「お気づかいなく」と言いそうになったが、京子の知っている自分はどうせそんなこと言わないんだろうなと思い、その言葉を引っ込めた。さすがに手ぶらでは行けないので、何か買ってお邪魔させてもらおうと思った。もしかすると、京子の知ってる自分は平気で手ぶらで行く奴かもしれなかったが、さすがにそれはできなかった。
「ありがとうございます。ホントに突然ですみません。では、7時に…」
「行かせていただきます」と言いかけて、どこに行けばいいかわからないことに気づいた。
(聞くしかないな。また変っていわれるけど、仕方ない)
「あの、京子さん、最近もの忘れがひどくて、木岡さんの家どこらへんか、その、曖昧にしか覚えてないというか…」
どう聞けばいいかわからない。
「うそでしょ?何回も来てるのに?もの忘れがひどいっていうより、一回病院いった方が良いかもしれないよ。最近、若年性アルツハイマーとかも増えてきてるらしいから。田坂くん、だいたい飲みすぎなんだよ。お酒の飲みすぎは脳を委縮させるらしいよ。気をつけないと」
若年性アルツハイマーにされてしまった。でも、無理ないかもしれない。
「すみません。気をつけます。だいたいわかると思うんですが、住所送っていただけるとありがたいです」
「ほんと、気をつけないとだめだよ。後でウチの住所送っとくね。じゃあ、また後でね」
「はい、ありがとうございます。では、また後ほど」
そう言って電話を切った。
電話を切った後あらためて考えたが、やはり凄いことだと思った。木岡と京子に関しては、自分の思ったとおりになっていた。そして、子供までできていて、京子の声の向こうに幸せな結婚生活が見えた気がした。
木岡と京子の笑顔を思い浮かべると、幾分か気持ちが楽になった。そして、早く二人に会いたいという思いがどんどん強くなってきた。
(昔のように笑顔で、3人で飲める)
そう思うと嬉しくて、早く7時になってほしかった。時計を見るとまだ朝の10時だ。夜の7時までには9時間ある。
(長いなぁ)
と思っていると、スマートフォンがメッセージの受信を知らせた。
「木岡京子」
とある。
(そうか、アドレス帳の中を「堀越」で検索してたから、ヒットしなかったんだ。今は「堀越京子」ではなく、「木岡京子」だ)
そう思うとまた嬉しくなった。いろいろと聞こうと思っていたが、よく考えると質問なんかしなくて良いのかもしれない。今日は木岡と京子、そして二人の子供とも一緒に過ごすことができる。その様子を見てるだけで、すべてわかる気がした。特に質問なんかしなくてもいい。
スマートフォンに家の位置情報が送られてきており、住所は東京都小平市になっていた。
(堀越さん、ごめん。おれやっぱり、望んでたのは、今の、あなたがいない世界の木岡さんと京子さんだ。堀越さん、ほんとにごめん。でも、二人にとってもその方が幸せだと思う。今日二人に会って、それを確信してくる。堀越さん、あなたという人間をもう誰も知らない。でも、覚えとく。オレは絶対にあなたという人間がいたことを忘れない)
自分で消しておきながら矛盾しているとは思ったが、堀越を忘れてはいけない気がした。もう、自分しか存在を知らないのだ。
(そうだ、堀越さんの会社)
堀越を含め何人かで立ち上げた会社が、今どういう状態か知りたかった。社名で検索してみる。しかし、会社のホームページが出てこない。昨日までは検索サイトのトップに表示されていた。何度やっても一緒。おかしいと思い、違う検索サイトでも検索してみたが、結果は一緒だった。
(会社がなくなったのか)
そう考えたが、それはないと思った。いや、そう信じた。誰もが知るIT企業にまでなった会社だ。堀越含め数名が立ち上げた会社だが、堀越以外も優秀な人材だったに違いない。たとえ堀越がいなくても、跡形もないなんてことはないはずだ。
(社名が変わったのか)
堀越がいないことで社名が変わっているのかもしれない。そう思い、日本のIT関連企業で検索した。社長の名前は覚えていた。確か掛橋(かけはし)だ。堀越の会社を見たとき、なんとなく社長の名前だけは見て覚えていた。
しかし、優良と思われる会社を片っ端から見たが、役員に掛橋という男のいる会社はなく、これが堀越達が立ち上げた会社だと思うようなところはなかった。
(そうだ、京子さんだ)
京子は出版社で働いていたころ、IT関連企業特集の雑誌担当となり、その取材で堀越に出会っている。 堀越がいなくなったとしてもその企画自体はあったと考えられるので、京子が当時の取材で何か知っているかもしれない。
自分でこれ以上調べるのは無理そうだったので、会社については後で京子に聞くことにし、日課であるブログチェックをすることにした。田坂には何個かお気に入りにブログがあり、空いた時間に目を通すようにしていた。みんなそれぞれが自由にいろんなことを書いており、読んでいて楽しかった。
しかし、スマートフォンのブックマークから登録してるブログにアクセスしようとしたが、ほとんどのブログがブックマークから消えていた。そのとき、彼らの大半が使用しているブログサービスが堀越が作った会社のサービスだと思い出した。
(消えたんじゃない。形を変えて存在しているはずだ)
ずっと自分の中で一つの考えたくない可能性があって、それが頭の中で大きくなったが、必死に否定し、考えないようにした。ブログをあきらめテレビをつける。
テレビでは、朝の情報番組が大手IT企業社長と有名女優との離婚を報じていた。
おわりに
やはり、まだまだ終わりそうにありません。。。時間がかかる^^;
次はちょっと休憩で、ゆるく、1,2本エッセイを書こうかなと思っております。
今回も最後まで拙い文章につきあってくださりありがとうございました。
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ブログ小説【デリートマン】⑧